約 1,076,750 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/260.html
ドオン! 一瞬の閃光。遅れて爆発音空気を振動させる。 静かな平原に立ち上る土煙は、抜けるような青空に吸い込まれるようにして消えていった。 「あーあ、まただ」 「さすがゼロのルイズだ。期待を裏切らねえ!」 「何回目だ?」 「さぁ…20回は失敗してるよな」 爆発を遠巻きに見ている群衆から聞こえる声は、ささやき声に過ぎない。 しかし、この爆発を起こした張本人である少女は、大声で指を指して笑われているに等しい屈辱感を味わっていた。 「あー…、コホン、ミス・ヴァリエール」 傍らで見守っていた男が、爆発を起こした少女に声をかける。 しかし声をかけられた少女は、泥だらけになった顔のまま呆然としていた。 「ミス・ヴァリエール、予定の時間も過ぎています。規則ではまだ数日の猶予がありますから、今日の所魔法学院に戻りましょう」 「…はい」 男から手渡されたハンカチを力なく握りしめて、少女は静かに呟いた。 「コルベール先生、やるだけ無駄だって!だってそいつはゼロのルイズなんだぜ!」 コルベール先生と呼ばれたその男は、学友にそんなことを言ってはいけませんと一言注意し、皆に学院に戻るように号令をかけた。 しかし、ルイズと呼ばれたこの少女への罵倒は止むことはなく、「ゼロはゼロらしく歩いて来いよ!」などと言い捨て、傍らに様々な獣を連れて飛び立っていった。 先ほど飛び立っていった者達が連れていた獣たちは、春の使い魔召喚儀式で召喚された使い魔達。 いわゆる魔法使いである『メイジ』達が、生涯のパートナーと成りうる使い魔を召喚をしていたのだ。 メイジの力量によって召喚される使い魔も異なるため、学園に通う生徒達にとっては、期待と落胆の入り交じる儀式なのだ。 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、生徒達の中でただ一人だけ使い魔を召喚出来ず、落胆どころか絶望と言える状態だった。 ルイズは力なく立ち上がり、呆然としたままトリスティン魔法学院に向けて歩き出そうとした。だが、先ほどの爆発痕からキラリと何かが光った気がして、歩みを止めた。 膝ほどの深さのクレーターの底には、銀色に鋭く輝く円盤が落ちていたのだ。 彼女はそれをしばらく見つめた後、ため息と共に拾い上げて懐にしまい、トリスティン魔法学院に向けて歩き出した。 ルイズは歩きながら独り言を呟く。 「マジックアイテム…?」 「そんなわけ無いわよね…埋まってただけよね」 「でも、この輝き、銀にしては軽すぎるし…」 「鏡にしても軽すぎるわね。真ん中に穴が開いてたら使い物にならないし」 「もしかして未発見の幻獣とか、マジックアイテムだったりして」 ふと歩みを止めて、懐から杖を取り出し唱える。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そして彼女は円盤に口づけをした。 ズキュウゥゥゥゥゥゥゥン! オオオオオオオラァーーーーーーーッ!!! 「!」 口づけと共に全身に走る強烈な衝撃、そして魂に響く叫び声に、 疲労の蓄積したルイズは絶えられず、あっけなくその場で意識を手放した。 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1177.html
部屋割りは、男同士でギアッチョとギーシュ、女同士でキュルケとタバサ、そして婚約者同士でワルドとルイズが同室になった。 「ダメよ!まだ結婚もしてないのに!」 とルイズが抗議するが、ワルドは「大事な話があるんだ」と言って微笑み、彼女は複雑な顔をしながらもそれを承諾。ちなみにギアッチョが「学院で俺と同室なのはいいのかよ」と突っ込むと、ワルドに物凄い眼で睨まれた。 アルビオン行きの船は明後日まで出ないらしい。ルイズは困った顔をしたが、どうにもならないと分かっているようで何も言わなかった。 「そういえば、彼はどこにいるんだい?」 姿が見えないギーシュを指してワルドが言う。ギアッチョは未だ抜け切らないはしばみ草のダメージに顔をしかめながら口を開いた。 「疲れてるらしいんでよォ~~ 一足先に適当な部屋で就寝中だ」 オレもそこを使わせてもらう、と言うギアッチョに、ワルドは特に疑問は抱かなかった。 「・・・それで、大事な話って?」 二人にあてがわれた部屋でワルドに注がれたワインに口をつけながら、ルイズは彼にそう促した。飲み干したグラスを置いて、ワルドはふっと遠くを見る眼をする。 「覚えているかい?あの日の約束・・・ ほら、君のお屋敷の中庭で・・・」 「あの、池に浮かんだ小舟?」 ワルドは優しげに頷いて続けた。 「君はいつもご両親に怒られた後、あそこでいじけていたね お姉さん達と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてた」 「ホントにもう・・・変なことばっかり覚えているのね」 口を少しとがらせて、ルイズは拗ねたような顔を作る。そんな彼女を見て、ワルドは「婚約者との思い出を忘れたりするものか」と楽しそうに笑った。それから彼は急に真面目な顔になると、 「・・・だけどルイズ 僕は君が才能の無いメイジだなんて思わない」 と言った。 「ガンダールヴ・・・?」 「そうさ あの使い魔君の左手に刻まれているルーン、あれは『ガンダールヴ』の印だ 始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔だよ」 「ワルド、からかうのはやめて」 ルイズは信じられないといった顔をする。確かにギアッチョはそれこそ魔人のように強い。 しかし、ギアッチョが伝説の使い魔であるなどということはにわかに信じられるものではなかった。メイジの実力を知るには使い魔を見ろと言う。 魔法の成功率が殆ど0%に近い、「ゼロ」という嘲りすら受けている自分の使い魔が、始祖ブリミルの使役していた伝説の存在?信じられない。というか、有り得ない。 もし万が一、いや億が一兆が一、そうであったとしてもだ。それはどう考えても、何かの間違いだ。己の無能さは、自分が一番よく分かっている。 そもそも伝説云々以前に、自分がギアッチョを召喚出来たこと自体が何かの間違いか、そうでなければ神か悪魔の起こした奇跡であるとしか―― 「ルイズ、またネガティブなことを考えているね?」 どんどん落ちてゆくルイズの思考は、ワルドの言葉で停止した。ワルドはルイズの鳶色の瞳を覗き込むと、屋敷の小舟の上で彼女を励ました時の優しい顔で言う。 「君は偉大なメイジになるだろう そう、始祖ブリミルのように・・・歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになる 僕はそう信じているよ」 「・・・ワルド、私は」 「――この任務が終わったら、僕と結婚しよう ルイズ」 「・・・え・・・?」 いきなりのプロポーズに、ルイズは眼を白黒させる。そんなルイズを穏やかに見つめて、ワルドは言葉を継いだ。 「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない いずれは国を・・・いや、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っているんだ」 ワルドはそこで一度言葉を区切ると、ルイズの頬にすっと手を触れる。 「ずっとほったらかしだったことは謝るよ 婚約者だなんて言えた義理じゃないことも分かってる・・・だけどルイズ 僕には、君が必要なんだ」 ワルドの口調は本気だった。彼は今、本気でルイズに求婚している。 「・・・ワルド ・・・・・・で、でも」 とっさに口をついた言葉に、ルイズははっとした。 でも――なんだ? 幼い頃から憧れていたワルドからのプロポーズに、今自分は「でも」何と返そうとした? ルイズは「でも」の続きを思い浮かべようとするが、しかしいくら考えても一体自分が何を言おうとしていたのか分からない。そんなルイズの胸中を知って知らずか、ワルドは困ったような顔をして口を開いた。 「僕のルイズ、まさか君には好きな人でも出来たのかい?」 「好きな人」と言われた瞬間、ルイズの脳裏に何故かギアッチョの姿が浮かび、 「ちっ、違うのワルド!そうじゃないわ!」 そうじゃないと連呼しながらも、彼女の頭の中はギアッチョで一杯になってしまった。 予想だにしない事態に、ルイズの頭は今必死に心を整理しようとしている。どういう ことかと言えば、要するに彼女はギアッチョを恋愛の対象としてはっきり意識したことなど一度もなかったわけで、ギーシュだのマリコルヌだの・・・まあ前者はともかく後者は論外だが、ともかくそういう順当に思い浮かべるべき男達をあっさりスルーしていの一番にギアッチョを思い浮かべてしまったことについてルイズの脳が納得のいく説明を求めているわけである。 ――ど、どどどうしてあいつの姿なんかが浮かぶのよ! ルイズは耳まで真っ赤にして俯いた。よりによって、よりによってどうしてギアッチョが浮かんだのだろうか。 ルイズは俯いたまま考える。「好き」という言葉で一瞬、本当にほんの一瞬だが、ギアッチョを思い浮かべてしまったということは・・・つまり多少は、いやきっと塵ほどに少しだが・・・・・・・・・その、気になっていたということなのだろうか。 ――そ・・・そんなはずあるわけないわ だってギアッチョよ、とルイズは思う。すぐにキレるし物は壊すし周りは気にしないし礼儀もなってないし常識的に考えて最悪ではないか。穏やかで優しいワルドとは全く正反対だ。 それにワルドは礼儀正しいし気配りも出来る。強さは・・・どっちが上か分からないが、なんたってワルドはスクウェアだ。 それにワルドは頭もいいし・・・いや、ギアッチョも多分頭はいいか。「ま、まぁそこはいいわ」とルイズは次を考える。第一ギアッチョは使い魔ではないか。 使い魔に恋するメイジなんて聞いたことがない。それにあいつは異世界の人間だし・・・それにワルドのほうが格好いいし、それに変な髪形だし変な眼鏡だし変な服だし変な名前だし――・・・。等々、後半はもう殆ど言いがかりなのだが、どうにかして否定しようと躍起になっているルイズにはもはや関係なかった。 あらかたギアッチョの悪口を並べ立てた後、彼女は「と、とにかくありえないわ!」と強引に結論を下した。 「普通に考えたらあんなのもう公害とか災害レベルに迷惑じゃない!誰がそんな奴をす、好きになるのよ!そうよ、何かの間違いだわ!はい決定!終了っ!」 どうしてこんなにうろたえるのかも分からないまま、ルイズは己の思考に強引な結論で無理やりに蓋をする。 ――・・・でも・・・ しかし閉じたはずのその蓋から、かすかに言葉が漏れ出す。 ――でも・・・あいつはいつもわたしを助けてくれる・・・ わたしの・・・かけがえのない・・・ 心ここにあらずといった感じで悶々としているルイズを眺めて、ワルドは苦笑まじりに 溜息をつく。 「君の心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」 それを耳にして、ルイズはハッと顔を上げた。 「ち、ちち違うわワルド!そうじゃないの!」 「いいさ、僕には解る 取り消すよ・・・今返事をくれとは言わない でもこの旅が終わったら、君の気持ちはきっと僕に傾くはずさ」 ワルドは気にしないという風に笑うと、「さ、それじゃあもう寝よう」と言いながらベッドに潜り込んだ。 ワルドを見てルイズもベッドに入るが、その胸中はさっき以上に混乱していた。どうして、ずっと憧れていたワルドにはいと言えないのだろう。 どうして、こんなに優しくて凛々しいワルドを拒んでしまったのだろう。ワルドとギアッチョに対する疑問が、ルイズの頭を埋め尽くしていた。 ギーシュのベッドにデルフリンガーを放り投げると、ギアッチョは自分のベッドにぼすんと転がった。 ――ゆっくり考えてる時間がなかったからな・・・ 頭の後ろで手を組んで、ギアッチョは眼を閉じて夢のことを考える。 あの時は何の疑いも持たずに信じてしまったが、リゾットは本当に死んだのだろうか。 ――いや・・・ きっとあれは本当の光景だ、とギアッチョは思う。ただの夢にしては何もかもが精密すぎる。全てがただの夢ならば、どこかで必ず光景のブレや矛盾が出てくるはずだ。 あの夢にはそれがない。最初から最後まで、全てがまるで一本の映画のように精密無比に展開されていた。 しかしあの光景が現実だというのなら、リゾットの死をも受け入れなければならない。 ギアッチョはほんの一瞬苦しげに眉根にしわを寄せたが、すぐになんでもない顔に戻ると、口元に小さく笑みを浮かべた。 「全くよォォー 何うじうじやってんだァオレは?そんなキャラじゃねーだろーがよォォ あのバカ共はきっと地獄で笑ってやがるぜギアッチョさんよ 誇ると言ったからにゃあせいぜい胸張るしかねーだろーが ええ?オイ」 あいつらがどう思うかを考えると、不思議と力が沸いてくる。一人呟いて跳ね起きたギアッチョの眼鏡の奥の双眸は、もういつもの覇気を取り戻していた。 それから彼はしばらくデルフリンガーと話をしていたが、部屋に入ってからずっと「助けてくれ」だの「僕が悪かった」だのという声が煩いので仕方なく立ち上がって開けっ放しの窓からベランダを覗く。 見事に冷凍されたギーシュがギャーギャーとひっきりなしにわめいているので、ギアッチョはギロリと彼を睨んで「仕方ねぇな」と言うが早いかバタンと一片の慈悲も無い音を立てて窓を閉めた。 幸いなことにギアッチョが眠りについたと同時にホワイト・アルバムが解除され、ギーシュはガチガチと歯を鳴らして震えながらも何とか毛布に包まることが出来た。 ベッドと毛布の存在に無上の感謝を捧げながら、彼は眠りに落ちてゆき―― コンコンというノックの音で、ギーシュは眼を覚ました。窓からは燦々と陽光が差し込んでいる。 条件反射で「ふぁい!」と情けない返事をしてから、ギーシュは疲労が回復し切っていない身体を引きずるようにして扉へ向かう。 「おはようギーシュ君」 扉の向こうにいたのはワルドだった。憧れの隊長に名前を呼ばれて、ギーシュは思わず姿勢を正す。ワルドは部屋の中を見回してから、ギーシュに目線を戻して尋ねた。 「使い魔君はいないようだね」 「そ、そのようでありますね きっと一階の酒場とかその辺にいると思われるであります」 ワルドと話をしている緊張と寝起きで働かない頭の為に、ギーシュは口調がおかしくなっている。そんなギーシュに爽やかに笑いかけると、ワルドは礼を言って出て行った。 「珍しいな てめーが起きてるとはよ」 ワルドと殆ど入れ違いのような形で階下に下りたギアッチョは、既に酒場のテーブルに座っていたルイズを見てそう言った。ルイズは明らかに寝不足と解る顔でギアッチョを睨む。 「誰のせいだと思ってるのよ!」 「ああ?」 何を理不尽に怒ってやがるんだ、とギアッチョは自分を軽く棚に上げて思う。 何のことだと言い返そうとしたが、後ろからかかった声にそれは中断された。 「ここにいたとはね おはよう使い魔君」 使い魔君などと呼ばれてあっさり怒りゲージが針を振り切りかけるのを珍しく作用した理性で抑え、ギアッチョは後ろに眼を向ける。人好きのする笑みを浮かべたワルドがそこに立っていた。 優しげな微笑の裏側で、ワルドは激しく思考を巡らせていた。ルイズの気持ちを自分に傾ける為に、そして彼の力を知る為に、なんとかこの男、ギアッチョと「決闘」をしたい!しかし何故だか分からないが、かなりの確率で断られる予感がするッ!ならばどうするか?言い方を工夫するしかないッ! 「決闘したまえ」と命令してみるか?いや、この男は勝手に逆ギレする可能性がある。 この場で暴れられてはいくらなんでも話にならない。やんわりと雑談から入ってみるか? いや、それも却下だ。散々盛り上げておいて断られましたではみじめにも程がある。「頼む、決闘してくれないか」ではどうだ?勿論ダメだ。 貴族が平民にものを頼む時点でルイズは幻滅するだろう。ならば最善手は やはり、「決闘してくれ」だろう。これなら断られても僕の矜持は傷つかないし逆にルイズの使い魔に対する好感度を下げることにもなる・・・よしこれだッ! 奴の能力が見られないのは残念だが、3度ほど頼んでみてダメならさっさと諦めればいい。やはりシンプルだ・・・シンプルがいいッ! 「君に頼みがあるんだが」 平静を装って、しかし真面目な顔でワルドはギアッチョを見る。ギアッチョは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにワルドに向き直った。 「言ってみな」 その尊大な態度にワルドはピクリと眉を動かしかけたが、なんとかそれをこらえて今考えた必殺のセリフを放つ。 「僕と・・・決闘してくれ!」 「いいぜ」 「早ッ!」 予想外の展開に思わず叫んでしまい、ワルドは慌てて咳をした。聞き間違いかと思ったが、ギアッチョは面白い暇潰しを見つけたという顔をしている。 とりあえず今の情けない返事を誤魔化す為にも、貴族らしい返事をしなければならないと考えたのだが――色々と慌てていた為になかなか言葉が浮かばず、焦りに任せて「グッド!」などと更によく分からない返答をしてしまったワルドだった。 渡りに舟だとギアッチョは思った。色々と忙しくて試せていなかったが、あのオールド・オスマンに聞いた力・・・「ガンダールヴ」の効果を確かめるいい機会だ。 それにワルドの実力を知るチャンスでもある。ギアッチョの尋問のせいで誰も聞いていなかったが、彼らを襲った傭兵達を雇ったのは貴族だった。 この任務はアンリエッタの密命で、ワルドも彼女から直々に拝命したと言っていた。 手続きも通さずこっそりルイズの部屋に忍んできたほどなのだから――勿論これは推測に過ぎないが、ワルドにも内密のうちに直接依頼した可能性が高い。 自分はあれからずっとルイズのそばにいた、ならばあの王女様がヘマをしていない限りは、この任務が漏れることはワルド自身からしか有り得ないのだ。もっとも、事実は小説より奇なりなどという言葉を借りるまでもなく、こういった推理は思わぬところで穴が空いたりするものである。ギアッチョはあくまで可能性の一つとして、ワルドを警戒していた。 決闘の介添え人を任されたルイズは「バカなことはやめて」と怒鳴ったが、ギアッチョもワルドも聞く耳持たないことを理解して諦めた。 「なんなのよ、もう!」 「殺しゃしねーから安心しな」 臆面も無くそう言ってのけるギアッチョにワルドがブチ切れそうになったが、一つ深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着ける。腰の杖を引き抜いてビッと前に突き出すと、 「どこからでもいい 全力で来たまえ」 と言い放った。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、剣を乱暴に抜いて腰を落とす。 それを見届けたルイズの怒りと心配の色を含んだ開始の合図で、決闘の幕は上がった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2567.html
神様、これは私に対する罰なのでしょうか? コモンマジックすら一度も成功させたことの無い「ゼロのルイズ」である私が 生意気にも強く美しい僕を望んだからでしょうか? 力強いグリフォンや天を翔ける優雅なペガサスあるいは伝説上のドラゴンみたいな 伝説の幻獣だったらいいいなー、などと不遜な心構えで 使い魔の儀に臨んだ私への戒めなのでしょうか。 使い魔の儀は確かに成功した。 しかし出てきたのは望んだ様な幻獣などではなかった。 その日から静かなそよ風のふく日常は無くなり、暴風の吹き荒れる日々が始まったのだ。 ・・・・・・・・ あの日から私は憑りつかれたのだ。 呼び出した『悪霊』に 『アギャギャギャギャーー!!ココノピッツァモ美味ェェーッ!』 『ウェェェェェン!ルイズ、ルイズゥゥ!No.3ガボクノピッツァヲ盗ッタァァァ!!!』 『オォー、スゲェ!コノ下着本物ノシルクダゼ!所デブラハネーノ?』 『ヘイ、チビッ子。今日ノ吉ノ方角ハ北北東、凶ノ方角ハ南西デ女難ノ相モ出テイルゼー。 ラッキーアイテムハ『ピンク色ノバケツ』マ、アレバノ話ダガナ~。』 「やかましいっ!!静かにしなさいよこのバカッ!!」 『OK!MASTER! LET S KILL DA SON OF A BEEITCH!!』 『[静かにしろ]トイウ言葉ハ使ウ必要ハアリマセン…何故ナラ [ぶっ殺す]トアナタガ心ノ中デ思ッタノナラソノ時スデニ行動ハ終ワッテイルノデス』 「ちょっ…やめてやめて!殺すとか言ってないし!アレ傷つけたら私だって傷つくから!! 私は静かにしろって…」 『[静かにしろ]か。それがお前の願いか? なんでも三つ叶うというのにそんなつまらない願いd』 ・・・・・・・・・・・ 「もういいから帰ってぇぇーーーッ!!!」 --------------ゼロの悪霊『達』 NOT TO BE COUNZTINUED・・・
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/371.html
「いいこと!妖精さんたち!」 「はい!ミ・マドモワゼル!」 「トレビア~ン!」 そういって腰をカクカク動かす中年の男。 何度か見ているがそのたびにウンザリする光景。それが形兆とルイズのバイト先の開店前の号令だった。 バイトといっても金稼ぎのためではない。王女から直々に命ぜられた任務のためだ。 身分を隠して情報収集。要約すればそんな感じだ。 この居酒屋―魅惑の妖精というのだが―で働いているのは、お金が無くなったからだ。 お金が無くなった事に関する責任は二人に平等にある。とルイズ『は』言う。 開店時間になり客が入ってきて席に着き注文をする。 ルイズはウエイトレスなので注文を取りに行くのだがそれすらも危なっかしい。 普段ならそれとなく助けてやるのが形兆の役目になっていたのだが、こればかりはそうもいかない。 使い魔であることも秘密なのだ。助けてやるわけには行かない。 結果。ルイズは立派な問題児となっていた。 形兆の方はというと皿洗いなどの裏方業務だ。これは形兆は苦手じゃない。むしろ得意分野だ。 几帳面な彼がキッチリと支えることによって接客がやりやすくなった。店のウエイトレスは皆そう言う。 「オラオラオラオラオラァ!」 店の方で騒ぎが起こっているようだが気にしない。どうせあの問題児だ。 しばらく皿洗いをしていると、洗う皿が無くなった。丁度いいので店の様子を見に行く。 ルイズを探すとすぐに見つかった。が、何故かお盆で顔を隠している。 不審に思っていると注文があったらしくあるテーブルへ向かう。そのテーブルにいたのは、 キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシーの四人だった。 「バッド・カンパニー」 赤いベレー帽を被ったスペツナズを呼び出す。諜報用の兵士だ。武装は段ボール箱。 それをキュルケたちのテーブルの下にもぐりこませる。これであそこの会話を盗聴できる。 「あ、使い魔さんが女の子口説いてる」 ルイズはお盆から顔を出し、険しい表情で辺りを見回すルイズ。 「ルイズ!」 キュルケを除く一行が、いやタバサも除いておく、大声を上げた。 「私ルイズじゃないアル」 必死にごまかそうとするルイズだがそのキャラとの共通点は声と貧乳くらいだ。 「こ~んなところで、な・に・を、やっているのかしら?」 ニヤニヤと笑いながら聞くキュルケ。 「そんなことより君がいると言うことは兄貴もいるのかい?」 いたら何だというのだギーシュ。 「こんな事バレたら退学じゃないの?」 最もな意見を言うモンモランシー。 「……」 そして何も言わないタバサ。 「早く注文をお願いするアルよ~」 「これ」 「これじゃ分からないアル」 「ここに書いてあるの、とりあえず全部」 「アイヤ、お金持ちアルね。お嬢さん」 「何言ってるの?あなたのツケに決まってるじゃないの」 ルイズはプッツンした。無理も無い。 「おいキュルケ。ちょっと表出てもらおうか…アル」 名前で呼んだらばれるだろって、もうとっくにばれてるんだったか。あと無理してアル付けんな。 「いやよ」 その途端ルイズは手を目の前で打ち鳴らす。ちょうど『いただきます』のような感じだ。 そして両手を開き床につける。理解、分解、再構築。 そこから飛び出した木の柱がキュルケを店の外までブッ飛ばす。その後を追い、外に飛び出すルイズ。 また減給か。そう思い残りの面子に目を戻すと、酒を飲んでいた。 「大騒ぎだな…」 そう思ったとき、気づいた。タバサがいない。 どこに行ったのか探して見るとすぐに見つかった。他の酔っ払い二人―こいつもメイジらしい―と言い合っている。 「そういうセクハラはしない!コレ正論でしょ!」 お前もか。顔が赤い、変な酒でも飲んだのか?というかそれを言うならツインテールにしろ。 「僕は、ここにいるッ!アニーキーーーーーッ!」 おれは憑神じゃないぞ、ギーシュよ。 タバサと酔っ払いがケンカを開始した。それも魔法で、 「手伝いなさいモンモン!」 タバサの命令。 「え?あ、はい!竜召喚!」 そういって魔方陣を出し、竜を召喚する。 「いくよ、ヴォルテール!」 よりにもよってそっちか! まだ詳細が確認できないため描写不可能な黒い竜が現れる。店はもうめちゃくちゃだ。 誰か何とかしろ。 「アニキからの指令をキャッチ!行くぞワルキューレ!ストライクレーザークローッ!」 二回目か、結構優遇されてるな。 ふと洗い場に目を戻すと洗うべき皿がたまっていた。おれは皿洗いに戻る。 「形兆ちゃんが洗うようになってから水道代と洗剤の減りが全然違うのよ!」 と言われてからはほとんど形兆の仕事になっている。まあ接客など出来ないので元からだが。 そのまま洗っていると妙な老人がやってきた。額に変なシールが張られている。 剥がして見る。 「トレビア~~~ン」」 そう絶叫してその老人は柱の方に引っ張られるように行き、『破壊される』 「イキナリ剥がしやがったぞアイツ!」 「落ち着け…目的のものは渡した…引くぞ」 その柱にいた奴らがなにか話していたようだがよく聞き取れなかった。そのまま店を出て行く。 足元に店の皿が落ちているのを見つけ、拾い上げる。 ん?よく見ると皿に何か書いてある。 『ジョジョ三大兄貴勢揃い記念』 この皿はもう使えないし処分だな。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1145.html
ゼロと奇妙な隠者・幕間劇、もしくは。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの憂鬱 フリッグの舞踏会も終わり、学院には宴の後特有の弛緩した静かな空気が流れていた。 我らが『微熱』のキュルケも、そんな空気に当てられたか、深夜だというのに自室のベッドの上で一人、ヘビードールを纏って寝転んでいるだけだった。 「きゅるきゅる」 『今夜は誰かと同衾しないんですか』と暖炉の中から問いかける使い魔。明日は雨だな、とサラマンダーであるフレイムは憂鬱な気分になった。 「あー……今夜はいいかなって思ってるのよねー。ちょっと思うところあって」 月の物でないことは重々承知している。まあ月の物の真っ最中だろうがこの主人は構わず生徒を食っちまう点があるというのに、体調のいい時分に一人寝を選んでいるというのはかなり珍しいことである。 今のキュルケからは平素のように恋愛にうつつを抜かしている感情は感じられない。むしろ物憂げというか、憂鬱な気分を感じるのは初めてと言ってもいい経験だ。 この情熱的な主人でもメランコリーになる夜は存在してるのだなあ、と、妙な所で感心していた。 「きゅるきゅる」 『そう言えばヴァリエールさんところのジョセフさんを部屋にお呼びしないのはどうしてですか』と、前々から疑問に思っていた質問を聞いてみることにした。 使い魔達の中でもジョセフの人気は大したものである。特にエサをくれるわけでもないし何かをしてくれるというわけでもないのだが、何故か一緒にいたくなる雰囲気がある。 カエルからバクベアードまで幅広く人気があるというのもおかしな話ではあるが、実際そうなのだから仕方がない。 元々いい男だし、なまっちょろい学院の生徒にはないワイルドさや鍛えられた身体。ユーモアセンスは言うまでもないし、何より男にしか目が行かないというわけでは決してない。 恋愛狂と称してもいいくらいの主人がこれだけ好条件の男を部屋に呼ばない、というのは奇妙なことに思えて仕方ないのである。粉はかけているようだが、それもルイズをからかう材料にしているだけのレベル。 使い魔の疑問に、キュルケは苦笑しながら身を起こした。 「いやー……本当なら呼んでるところよ? むしろ呼ばない理由がないというか」 「きゅるきゅる」 『じゃあなんで呼ばないんですか』という質問に、キュルケはやっと身を起こした。 「あー……呼んだらからかうとかいうレベルですまないというか。何と言うか、直感?」 「きゅる?」 常日頃からツェルプストーとヴァリエールの因縁は聞かされている(主に桃色から)。 キュルケは特に意識はしていない……というか、気にもしていない様子だが、ヴァリエールの方は意識しっぱなしで、ジョセフとキュルケが立ち話をしているだけでキレていた。 それはもう懸命にツェルプストーの家は汚いだとか成り上がりだのときゃんきゃんわめいているのだが、ジョセフは右から左でハイハイといなしている。それがまた気に入らない、とキレまくるのをフレイムも何回も見ていた。 「きゅるきゅる」 『でもあの調子なら、大体こんな感じで笑い話になるんじゃないんですか?』と、私感を述べてみるフレイム。 ①・フレイムの予想 ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて一悶着あった上で、ルイズがジョセフを引き摺って帰る。 「きゅるきゅる」 『大体こんな感じで終わるでしょう』としめくくった。 ベッドに座ったままのキュルケは、使い魔の言葉を苦笑しながら聞き終わった。 「うーん……決闘前ならそれで終わってるはずなんだけどねぇ。あれよ、決闘終わってからちょっとギクシャクしてたでしょあの二人。その時だとねー……」 ②・キュルケの予想(決闘直後の見解) ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて―― 「……何――してるのよ……」 どう言おうが言い訳しようもない現場を目撃したルイズ。その手に握られた杖が震える様子が、彼女の怒りだけではない様々な感情が混ざり合っているのを如実に表わしていた。 「ま、待てルイズ。落ち着け。なッ?」 危機を感じ取ったジョセフが、ルイズを宥めにかかる。 だが今のルイズに使い魔の言葉が届くはずもない。 「アンタはッ……そうよ、私を裏切ってッ……!!」 「――とまあ、ブラックルイズ化しちゃう危険性があったと踏んだわけよ。さすがにあの時のルイズとジョセフに手を出したら刃傷沙汰じゃすまないような感じもあったし」 「きゅるきゅる」 『それは確かに』と同意する。 「そもそもこの話はお気楽なラブコメをやろうと思ってたのに、いつの間にかパワフルで頼れるおじいちゃんとワガママだけどカワイイところがある孫娘のほのぼのコメディに変わってきたからそのままいっちまうかァーなんて後先考えてない作者がやってるわけだから」 何を言い出してるんだこの人は、と言いたげなフレイムの視線にも、キュルケはうむうむと頷いた。 「本当は『ゼロ奇妙にはどうにもハーレムラブコメ分が足りない! ここでジョセフ! スケベで孕ませ放題なジョセフでそれなんてエロゲ? をやろう!』とか思ってた……のに。 ギーシュに決闘挑んだ時点であれ? 方向性違う? まあいいややっちゃえーとなって今に至ってるわけで」 フレイムが(もしかして目の前にいる主人は主人の姿をしてるだけで中身が違う人なのでは?)という疑念を抱き始めてきたところで、キュルケは一つ咳払いをした。 「まあそれはさておいて。私もルイズをからかうのはやぶさかじゃないけど、本気で殺意を抱かれたり殺したり殺されたりとかは現時点では望んでないわけ。しかもそれが可能性として高かったあの時期に、ジョセフを誘惑するワケにはいかなかったのよ」 おお元の主人に戻った、と思ったフレイムは、続けて問いかけた。 「きゅるきゅる?」 『じゃあミス・ヴァリエールとジョセフさんが仲良くなった今なら、①で終わるからちょうどいいんじゃないですか? なんなら呼びに行きますよ』と。 だがキュルケは、自慢の赤毛を緩く振って苦笑した。 「だめだめ。今だときっとこんなコトになるわよ」 ③・キュルケの予想(現時点での危険性) ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて―― 「……何――してるのよ……」 どう言おうが言い訳しようもない現場を目撃したルイズ。 彼女は怒りに満ちた目を隠そうともせず、杖を振り上げるが――その唇から魔法の詠唱が始まることはなかった。 小刻みに震えていた手はやがてゆっくりと、力なく垂れ下がり…… 魔法を唱えるはずの唇から漏れるのは、紛れもない嗚咽。 「ひっ……ひっ、ひぃっ……どうしてよぉ……えっく、うわぁぁぁぁぁああぁあん」 にっくきツェルプストーの前だと言うのに、誰憚ることなく大泣きしだすルイズ。 その姿はまるで親とはぐれて泣くしか出来ない幼子のようだった。 「ジョセフを、えぅっ、あたしのジョセフを、取らないでぇぇぇえええぇ」 泣く子と貴族にはかなわないという諺がハルケギニアにはあるが、貴族で泣いてる子となればもはや太刀打ちできる者は誰もいない。 ジョセフは慌ててルイズに駆け寄り、ルイズは泣きじゃくってバカバカと連呼してジョセフの胸をぽこぽこ叩きまくる。 キュルケはなんか言い様のない罪悪感に圧し掛かられたまま、帰っていく二人の背を見送ることしか出来ませんでしたとさ。 「きゅるー……」 うわ。なんかリアルに想像できた。とサラマンダーが呟く珍しい光景。 「でしょ? それは怖いというか、今まで挙がった①から③まで、どれも有り得そうでしょ。ただルイズをからかうだけでそんな危険な賭けが出来る段階じゃないのよねー」 はぁ、と溜息をついてから、キュルケは再びベッドに倒れこんだ。 「いい男なのよねー、スケベで浮気しそうでお調子者なのを差し引いても。年を取ってるのもダンディだし。あの年であそこまで色々スゴそうなのも普通いないわよね」 「きゅるきゅる」 『ヨダレ。ヨダレが出てますよご主人様』 手の甲で口元を拭う。 「まああれよ。部屋に呼ぶとすれば、もう決戦挑むくらいの気持ちで行かないと。生半可な気持ちでやると大火傷するから、対策はきちんと取っておかないと……!」 「きゅるきゅる」 『おお。さっきまでのメランコリーな気分がもう消えてる。何と言うかあれだな。我がご主人様ながら単純だなー』 艶かしい肢体を熱情の炎に包みながら、拳を握り締めるキュルケ。そんな主人の姿をサラマンダーなのに生暖かく見守るフレイム。 隣の部屋で燃え盛る炎など知ることも無く。 ジョセフは毛布の上で10分間寝息を吐き続け、ルイズは悪夢にうなされていた。 To Be Contined → 第二部『風のアルビオン』
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2401.html
日蝕の日、朝日が地平線から抜け出ようとしている頃。 昨夜から一睡もしていないオスマンは自室の中、式に出席する準備にまだ追われていた。 日程の関係上、一週間は学院を留守にしなければならないのだが、学院長であるオスマンが一週間不在になるということは、それなりに前もって片付けておかなければならない用事が多いのである。 ロングビルがいたなら多少の用事なら彼女に任せても良かったのだが、未だに彼女の後任に相応しい秘書も雇えていない現状では、仕事の全てを自分でこなさなければならないのであった。 「ふうむ、帰ってきたら本格的に秘書の募集を掛けなければならんな。当然有能で美人でちょっとくらいの悪戯は笑って許してくれて……あと、盗賊じゃないのは優先事項にせんと」 ぶつくさと独り言を漏らしつつ、残りの仕事は帰ってきてから終わらせることに決めて荷造りに取り掛かろうとした時、激しい勢いで扉が叩かれた。 「誰じゃね?」 この忙しい時に何事じゃ、と眉を顰めたその時、一人の男が飛び込んできた。 飛び込んできた男の服装で王宮の使者であることを理解する間もなく、大声で口上が述べられていく。 「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステンに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! アンリエッタ殿下率いる王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中! 従って学院に置かれましては、安全の為、生徒及び職員の禁足令を願います!」 使者の口上に、オスマンは一瞬言葉を失った。 「……宣戦布告とな? 戦争かね」 皺と白髭に覆われた顔により深い皺が刻まれたが、使者の告げる言葉はなおもオスマンの表情に心痛な色を加えていく。 アルビオン軍は巨艦レキシントン号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸した総兵力は三千。 それに対するトリステイン軍は艦隊主力は既に全滅、慌ててかき集められた兵は二千。 完全な不意打ちの形を取られたトリステインが集められる兵力はそれで限界であり、しかも制空権は完全に掌握されて取り返せる見込みは皆無。十数隻の戦艦からの砲撃で、士気も精度も劣る二千の兵は容易く蹴散らされるのは火を見るよりも明らか。 タルブの村は竜騎兵によって炎で焼かれ、領主も既に討ち死に。昨日の午後、姫殿下自ら御出陣。深夜のうちにラ・ロシェールに陣を張り、同盟に基づきゲルマニアに援軍を要請したが、先陣が到着するのは三週間後になるであろう……。 息せき切って懸け付けた使者の言葉を疑う余地は何処にもない。 オスマンは深々と溜息をついて、天井を見上げた。 「……昨今条約や同盟というものはインクの染み以外の何物でもないのう。トリステインは見捨てられたな。三週間もあればトリスタニアにアルビオンの旗が上がるじゃろうて」 アルビオンの末路を聞いているオスマンは、トリステインだけは例外だと考えるような夢想主義者ではなかった。滅亡する国がどのように蹂躙されるかなど、考えるまでもない。 (……どうする) 現状で打てる手などない。 必然とも言える流れを覆せるような魔法など、人より長い年月を生きてきたオスマンにも心当たりはない。 となれば、今考えるべきは如何に学院に居る職員や子弟達を、安全に避難させるか。 思考を巡らせるオスマンの脳裏に、二人の男の姿が走った。 もしやすれば、という可能性が浮かび上がる。この話を教えれば、二人とも一も二もなく戦いに赴くことは疑うべくもない。 だが、だが……ウェールズ皇太子はともかく、ジョセフ・ジョースターを巻き込んでいいものか。異世界から無理矢理召喚されただけの老人をこちら側の世界の戦争に巻き込めるのか否か。 ましてジョセフは今日の日蝕で元の世界に帰るのだ、とコルベールから伝え聞いている。 良心と打算が両極に乗る天秤の揺らぎに、知らず呻き声めいた吐息が漏れた。 「ミスタ・オスマン?」 使者の訝しげな呼び掛けにも、視線を向けようとはしない。 「……仔細了解した。今から学院に居る皆に事情を説明する。貴殿も任務に戻るといい」 「はっ」 敬礼して慌しく部屋を辞する使者を見送り、それからまた僅かに逡巡した後、やっとオスマンは立ち上がった。 その足の向かう先は、風の塔。ウェールズが隠れ住む一室である。 黒い琥珀に記憶されているオスマンが階段を登り、ウェールズのいる部屋の扉をノックする。 「開いているよ」 朝早くから椅子に腰掛けて読書していたウェールズは、開いた扉の向こうに立っていたオスマンの姿に少し目を見開いた。 「どうされたのですか、ミスタ・オスマン」 読みかけの本を机に置いたウェールズに、オスマンは静かに口を開いた。 「――レコン・キスタめがトリステインに宣戦布告しました」 アルビオンではなく、レコン・キスタ、と言い換えたのは、当然のことであった。 思わず立ち上がったウェールズの足に押され、椅子がけたたましい音を立てて転がる。 「何と言う事だ……!」 く、と唇を噛み締めたウェールズは、次の瞬間には毅然と顔を上げてオスマンを見た。 「……戦況をお教え頂けますか、ミスタ・オスマン」 オスマンは眉一つ動かさず、使者から伝え聞いた言葉を紡ぐ。 ウェールズは現状を全て聞くと、コート掛けに掛かっていたマントを手に取り、大きく風を靡かせて背に羽織った。 「では、アルビオン王国の生き残りである私は、これより援軍としてタルブ村へ向かわねばなりません。今まで私を匿ってくださり、感謝の言葉もありません」 至極当然に言い切る王子に、オスマンは僅かな瞬間だけ躊躇ったが、意を決して言葉を紡いだ。 「――生憎、学院には幻獣はおりません。馬の足では、今から向かった所で戦に間に合わぬのは明らか。ジョセフ・ジョースターに協力を願う以外、殿下が戦場に辿り着く術はないと愚考します」 「確かにそうですが、彼は此度の戦に何ら関係ないではないですか」 「しかし、貴方が唯一戦場に辿り着く方法を使うことが出来るのは彼しかおりませぬ」 白く長い眉の下から覗く目を、ウェールズは声もなく見据えた。 「……貴方は、無関係の異邦人を戦に駆り立てようと。そう仰るのですか」 腹の中から搾り出したような声にも、オスマンは毛の先程も表情を変えはしない。 「戦場に立てとは言いませぬ。あの飛行機械で、皇太子を戦場へ送り届けてくれと頼むだけです」 瞬きもせず、二人の男が睨み合う。 視線を背けたのは、ウェールズが先であった。 「……私は無様だ。これより家族の元へ帰ろうとする老人に、なおも助けを請う。何と言う……何と言う、恥知らずの男だろうか……」 ぎり、と歯が軋む音が響く。 オスマンはそっと彼に背を向け、己のエゴを憎憎しく思う内心を億尾にも出さず、次の言葉を放った。 「さあ、彼を呼びに行きましょう。我々に残された時間は、限りがあるのですからな」 そして二人は、ジョセフが暢気に寝こけているであろうルイズの部屋へ向かった。 早朝の突然な来訪に、ジョセフは寝ぼけ眼で応じ……タルブの村が燃えたと聞いた時点でゴーグルを手に駆け出そうとしていた。 燃えるような怒りを目に灯し、自分の横を駆け抜けようとするジョセフの肩をつかんだウェールズは、彼の動きを留めるのに必死に力を込めなければならなかった。 「待ってくれ、ミスタ・ジョースター! まさか貴方も戦うなどと言わないでくれ!」 「こんな話聞いて黙って帰ったり出来んだろ!」 「ジョースター君、我々に強要出来る筋合いはないがせめてウェールズ殿下を送り届けてくれれば、それ以上は……」 オスマンとて、ジョセフを戦場に送りたくないのが本心である。 ウェールズが死地に赴くのを止める理由はない。それが彼の望みだからだ。 しかしジョセフは違う。何の関わりもない。 だと言うのに、今のジョセフは輝ける意思を抱いている。決してただ王子を戦場に送り届ける為の勇気ではない。 それは紛れもない闘志、だった。 ニューカッスル城まで付き従った三百のメイジ達と同じ輝きを、この老人もまた抱いていた。 「すまんがこのジョセフ・ジョースター、困ってる友人を見捨てられるほど人でなしじゃあないんでなッ! あのゼロ戦は爆弾はないが機関銃はバッチリ動く! あんだけありゃあ、フネの一隻や二隻くらいは落としてみせるッ!」 気迫と力強さばかりで構成される言葉。手や足に震えはない。 亡国の王子と学院長は、おおよそ同じタイミングで同じ答えに辿り着いた。 『これ以上何を言っても時間の無駄』であった。 死にに行くだけなら止め様がある。戦いに恐れを抱いていればそこから崩す事も出来る。 だが、ジョセフ・ジョースターに一切の揺らぎはない。 レコン・キスタに立ち向かい、勝利を得に行こうとしている。 「……一つだけ聞かせてくれ、ミスタ・ジョースター」 ジョセフの肩に食い込むほど力の篭っていた手を離し、ウェールズは問うた。 「何故、貴方は戦いに赴くのだ? この戦いで名誉を得られる訳でもなく、報酬を与えられる訳でもない。それなのに……どうして貴方は、命を賭した戦いに怯まないのだ?」 判り切った事を何故聞かれたのか判らない、と言いたげな顔で、ジョセフは答えた。 「そりゃアンタ、困ってる友達を見て助けないなんて薄情な真似はわしにゃ出来んというだけだ。王女殿下は、この部屋でわしを友人だと言った。わしをジョジョと呼んだ。だからわしは助けに行くだけのことだ」 単純明快にして、唯一無二の答え。 ウェールズは、静かに息を一つ吸い、そして大きく吐き。そして深々と頭を下げた。 「……そうだな、ミスタ・ジョースター。愚問だった、非礼を許して頂きたい」 「気にせんで結構。さあ行こう、調子コイとるバカどもをぶちのめしになッ」 ウェールズの肩を掌で軽く叩いてから、改めてオスマンに向き直った。 「最後まで世話になりました、センセ。わしの可愛い孫と友人達を、どうか宜しくお願いします」 ウィンク混じりの笑みの別れの挨拶に、オスマンは口髭に隠れた口の端をニヤリと吊り上げた。 「安心しなさい、例えどんな結果になったとしてもわしの生徒達の安全は保証しよう。――存分に、戦ってきなさい」 そして差し出された手を、ジョセフは力強く握った。 「その言葉があれば、安心して戦えるというもの。お世話になりました」 皺だらけの顔を、笑みで更に皺を増やし。二人の老人は笑みを交し合った。 「よし、ジョースター君。ミスタ・コルベールの所にはわしが行こう。あの飛行機械の燃料は彼が錬金したと聞いている。君は、ミス・ヴァリエールに別れの手紙を書いてやりなさい」 「何から何まで、すいませんな」 「ほっほっほ、なぁに。わしらの世界の不始末を異世界からの友人に任せなきゃならん不義理の代わりにゃなりゃせんて」 手を離し、ウェールズとオスマンは階段へ向かい、ジョセフは部屋へ戻る。 数分後、机に置かれた便箋の上には、ペーパーウェイト代わりに帽子が置かれていた。 「……さらばじゃ、ルイズ」 今は居ない主に向かい、ほんの少し寂しさを滲ませた笑顔で別れの挨拶を告げた。 ジョセフ・ジョースターはこの時を限りに、二度とこの部屋へ帰る事はなかった。 * タルブの村はジョセフ達が訪れた時の面影を完全に失っていた。 レコン・キスタの強襲の際に出撃した竜騎士隊が、村だけでは飽き足らず周囲の森や草原まで面白半分に火のブレスを吐きかけた結果だった。 村人達は辛うじて逃げた者も多いものの、命を失った者も数人いた。 美しい光景を失った草原にはレコン・キスタの大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールを陣地として立てこもるトリステイン軍との決戦に備えていた。 その上空では、空からの攻撃に立ち向かう任務を負っている竜騎士隊が引っ切り無しに飛び回っている。歴史あるトリステインの誇りを担うのが魔法衛士隊ならば、大空に浮くアルビオンの誇りを担うのは竜騎士隊であった。 アルビオンが擁する竜騎士の数は火竜や風竜合わせて百を超える。今回の進軍では二十騎もの竜騎士が率いられていた。対するトリステインの竜騎士は、質でも量でも遠く及ばない。 元より奇襲を掛けられ混乱状態にある上、乏しい地力で散発的な攻撃しか行えなかったトリステインは、アルビオンの竜騎士を一騎たりとも討つ事が出来なかったのである。 翻って圧倒的な勝利を挙げたアルビオン竜騎士隊は、戦闘の趨勢が決まった後もタルブを蹂躙したのだった。 戦艦や竜騎士を失ったトリステインの空は、事ここに至りアルビオンが完全制圧した。 後はラ・ロシェールに立てこもるトリステイン王軍に空中からの艦砲射撃を行い、立てこもる都市を無力化してからゆっくりと勝ちの決まった決戦を仕掛けるのみであった。 敗北の可能性どころか死ぬ危険さえないと、アルビオンの兵士達は高を括っていた。反乱からここに至るまで敗北はなく、被害と言えばニューカッスル戦くらいのもの。砲撃の準備に掛かるアルビオン艦隊には、弛緩した雰囲気さえ漂う始末だった。 タルブの村上空での警戒に当たっていた竜騎士隊も、命の危険のない気楽な任務とばかりに各々好き勝手に空を飛んでいた。 そんな時、一人の竜騎士が上空からこちらに接近してくる竜を発見した。 昨日の交戦でトリステインの竜騎士隊の錬度を把握していた彼は、舌なめずりした。昨日は二機撃墜したが、どうにも物足りないスコアである。 およそ二千五百メイルの高度を飛んでいる敵を見据えながら、火竜を鳴かせて敵の接近を同僚達に知らせようと手綱を引いたその時――竜の頭が突然吹き飛び、彼の胴体は半分以上抉られていた。 (え?) 自分に何が起こったのか理解する機会も与えられない。火竜の喉には、炎の息を吐く為の燃焼性の高い油の詰まった袋が仕込まれていた。音速で飛来する弾丸で吹き飛ばされると同時に着火した油の飛沫は、人一人を燃やし尽くすには十分すぎた。 (なんだ? 何が起こったんだ? あれ、俺……) 彼の生涯最後の幸運は、事態を理解する前に意識が炎に飲み込まれたことであった。 どのような原因によってどのような結果が起こったのか、例え理由がわかったとしても受け入れ難い事実ではあったろう。 超音速で飛来する直径二十ミリほどもある鉛の弾丸が、竜の頭部を風船のように破裂させただけでは飽き足らず、その後ろに座っていた自分もついでに吹き飛ばしたなどとは。 「よし、撃墜一」 今しがた一匹と一人の命を奪った張本人は涼しい顔で嘯いた。 「……なんだ、何が起こったんだ」 今しがた焼け野原へと落ちていく竜騎士が、命の間際に思った言葉と同じ思いを口にしたのはウェールズだった。元々一人乗りのコクピットから無線機を取り外した空間に無理矢理乗り込んでいる故に狭苦しいが、お互いの行動が阻害されるほどでもない。 雲を隔てた下方に竜騎士が見えたその時、鈍い爆発音が機体を震わせたかと思うと、一条の白い光が走り、竜の頭と騎士を一緒くたに吹き飛ばしていた。 「ああ、さっき説明した銃の威力じゃよ。ああ、口径が二十ミリだから砲になるんかな」 「銃!? あれが!? まさか今の音が発射音だったのか!」 ハルケギニアには砲が存在するし、それより口径の小さい銃も存在する。しかしハルケギニアで銃と言えばマスケット銃どまりである。致命傷を与えるどころか、せいぜい手傷を与えるくらいの……治癒手段を持つメイジにとっては玩具程度の認識でしかない。 「わしらの世界じゃ有り触れたモンだ。ま、それにちょいとばかり上乗せしとるがね」 そう言うジョセフの手からはハーミットパープルが伸び、機関銃に絡み付いている。 えてして弾丸は直進しない。特に超高速と長射程が加わる場合、その弾道は直線とは大きくかけ離れた大きな弧を描く。大気や風速を始めとした空気抵抗を始めとし、重力、果ては気温すら弾道に大きな影響を及ぼすのである。 ゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴの力は、一度も発射していない機関銃の弾道をジョセフに認識させていた。目標地点に存在する標的をどの位置から撃てば数秒後に命中するのか、未来予測の計算すら可能にした。 それに加え、ジョセフと機関銃はハーミットパープルで直結されている。 ガンダールヴが弾き出した命中の方程式を、脳から身体、身体からガントリガー、トリガーから砲身……という一つ一つのプロセス毎にかかる僅かなタイムラグを除去し、寸分違わないタイミングで実現していたのだった。 そして何より、搭載している弾薬を無駄遣いするわけにも行かない。 竜騎士隊はジョセフには肩慣らし程度の認識しかなく、本命はレコン・キスタ艦隊。20mm機銃2挺の携行弾数は各125発、7.7mm機銃2挺の携行弾数は各700発。一切の補給が許されない以上、一発たりとも無駄弾を撃つつもりはなかった。 十何隻も居並ぶ戦艦達に立ち向かうには、可能な限り万全を期さなければならない。 「さて、殿下を送り届ける前にあのトカゲどもをチャチャッと片付けてしまわんとな」 かつての母国の誉れとも言うべき竜騎士隊をトカゲどもの一言で片付けられるのにも、今は苦笑しか浮かべられないウェールズだった。 なるほど、このゼロ戦を相手にしてはアルビオン自慢の竜騎士など地を這うトカゲとなんら変わる所はない。 速度は風竜を上回り、搭載する銃は威力も射程も火竜のブレスを遥かに凌駕する。負ける道理を見つける方が難しいとさえ言えた。 「おう相棒、右下から三騎来るぜ」 デルフリンガーが普段と変わらない口振りで敵機の襲来を告げる。 「あいよ、んじゃあちょっくらエースになりに行くとするかッ!」 * ルイズは結局学院に帰る事もなく、レコン・キスタを迎え撃つ為出陣したアンリエッタの後を追って自分もまた戦場に向かっていた。 高く昇っていく太陽に二つの月が重なろうとする中、ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍へ向けて進軍してくる敵の姿が見えた。三色の旗をなびかせ、徐々に近付いてくる。 既に前日の攻撃と焼け野原と化していたタルブの草原を、正に蹂躙し尽くした張本人であるレコン・キスタを目の当たりにし、ユニコーンに跨ったアンリエッタは、着慣れない甲冑の下で恐れに身を震わせた。 王女の側に控えるルイズも、ヴァリエール家三女の誇りを重石にしなければ恐ろしくて逃げ出してしまいかねなかった。 アンリエッタやルイズが生まれてから現在に至るまで、ゲルマニアやガリアとの戦争があるにはあったが、せいぜい国境付近に領土がある貴族同士の小競り合い程度だった。 国と国同士の総力を挙げた戦争は久しく行われておらず、急拵えで集めた二千の軍勢の中でこの規模の戦争経験がある将兵は過半に達していなかった。 知らず起こる震えを誤魔化そうと、アンリエッタは始祖に祈りを捧げた。 だが、それ以上の恐怖はすぐさま訪れる。 敵軍の上空には、傲然とした様さえ伺わせる大艦隊が控えていた。たった一日でトリステイン艦隊と竜騎士隊を壊滅させたアルビオン艦隊である。雲のように空に浮遊する艦の周囲を飛び回る竜騎士の姿すら見えている。 逃げ出したくなる臆病の気を辛うじて唾と一緒に飲み込んだのは、アンリエッタかルイズか、それとも兵士達だったか。これから始まる戦いに絶望しか抱けなかったトリステイン軍に、聞き慣れない物音が聞こえたのはそんな時であった。 まるで口を閉じたまま唸る音が鼻から抜けているような奇妙な音。それが断続的に聞こえてくる。すわ、アルビオンの攻撃かと身構え、空を見上げたトリステイン軍は、更に奇妙なモノを目撃した。 それは空を飛んでいた。フネのように浮いているのではなく、飛んでいた。 竜のようにも見えたが、胴体から生えた二枚の翼をはためかせることもなく、ただまっすぐに広げられている。 その奇妙な竜に向かっていくアルビオンの竜騎士達は、竜の翼や頭から発せられる白い光に貫かれた。ある竜は空中で爆発を起こし散華し、またある竜は減速することもなく地面へ向かって墜落していった。 昨日の戦いを辛くも生き残った兵達は、自分の正気を疑った。 トリステインの竜騎士達に圧勝した竜騎士隊が、たった一騎の竜に立ち向かうことも出来ず、ただ止まっている標的であるかのように撃ち抜かれて行く。 奇妙な竜は天高く空へ向かって上昇したかと思えば、すぐさま急降下して竜騎士の背後を取る。背後を取られた竜騎士は間髪置かず白い光の洗礼を浴び、空から脱落する。 トリステイン軍の中で、あの奇妙な竜が何であるかを知る人間は、一人しかいなかった。 ルイズである。 つい一週間前、タルブの村に置いてあった飛行機。 とても空を飛ぶとは思えなかった代物が、今、現実に空を飛んでいるばかりか、天下無双と謳われるアルビオンの竜騎士隊を歯牙にもかけていない。 「……ジョセフ、ジョセフ、なの?」 あの飛行機を操れるのは、この世界には一人しかいない。 だがルイズの中に、この絶望的な戦況を覆せるかもしれない手段を引っ下げて来た使い魔を誇る気も、主人のピンチに駆け付けて来た忠義を喜ぶ気も、一切なかった。 「……あの、バカ犬ッ!」 思わず漏れた声に、空を呆然と見上げていたアンリエッタが思わずルイズを見た。 「どうかしたの、ルイズ」 アンリエッタが掛けた声で、自分の中で膨らむ感情が思わず口に出ていたのが判ったルイズは、慌てて首を横に振った。 「い、いえ、なんでもありません、王女殿下」 そしてまた、二人の少女は空を見上げた。 アンリエッタは、謎の竜が繰り広げる空中戦に目を見開き。ルイズは、コクピットの中にいるだろう使い魔への心配に満ちた目を眇めた。 (……ジョセフのことだもの。きっと、戦争やってるって聞いて……居ても立ってもいられず飛行機に乗って来たんだわ) 使い魔として召喚してからそれほど長い時間を過ごした訳でもないが、使い魔の気性は十分に理解していた。普段は怠け者でお調子者だが、戦うべき場面に恐れず歩み出すのがジョセフ・ジョースターなのだと。 (……でもジョセフ、アンタ……今、そんな事してる場合じゃないでしょう!? ちょっと我慢してたら元の世界に帰れるんじゃない! どうして来なくてもいい戦争なんかやってるのよ、なんで、どうして……!) 使い魔を元の世界に帰す決意をしたのに、当の使い魔は必要のない戦いに首を突っ込んできている。こんな事なら、いっそ別れの時まで一緒にいればよかったかもしれない。 自分の言葉で使い魔が自分の意志を曲げるとは毛ほども思っていないが、それでも、戦いに行くなと言えたかもしれない。しかし今、使い魔はたった一人レコン・キスタと戦っている。 メイジでも貴族でもない、異世界の奇妙な老人が戦っていると知っているのは、ルイズただ一人。今、あの奇妙な竜を操っているのは自分の使い魔なのです、と言う気にはなれない。言った所でアンリエッタすら信じてくれないだろう。 だが、事実である。 ルイズは飛行機から視線を背けないまま、胸の前で両手を組んだ。 (――始祖ブリミル。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール一生のお願いです。どうか、どうか……ジョセフ・ジョースターをお守り下さい。彼を無事に家族の元へ帰して下さい……) 切なる祈りを捧げるルイズをよそに、ただ空を見上げていたトリステインの軍勢の中から、誰とも知れず声が聞こえてきた。 「……奇跡だ……」 「いや、あれこそ、始祖ブリミルが我々に大いなる力を振るって下さっているのだ……」 都合のいい言葉だが、それを否定する言葉を誰も持っておらず、ましてや絶望に垂らされた一筋の希望を否定する気などあるはずもない。 ルイズと同じくアンリエッタの側に控えていたマザリーニは、兵士達から上がる希望に縋る声にただ追従したりはしない。感情の揺らがない目で竜が空を舞う様を見つめていた。 熱狂に侵食されつつある二千の中で一人、どこまでも静かに戦況を見ていたのはマザリーニ枢機卿だけであった。鳥の骨と貶められいらぬ誤解を受けながらも、前王の崩御以来トリステイン王国を担ったのは紛れもなく彼なのだから。 この戦いに勝算など欠片ほどもなく、ただ名誉を拾いに行くために死にに来たようなものだと考えていた彼は、かの奇妙な竜を目の当たりにしてもトリステインの勝利を描いていない。 (我々が勝てるとすれば、かの艦隊を空から引き摺り落とさなければならない。果たしてあの竜は、ただ一騎で艦隊と立ち向かえるのか?) この場に居る誰一人として、竜騎士を七面鳥の如くあしらう竜の能力全てを知らない。 絶望的な状況の中、一筋の希望を見せている。だが、縋るにしてはその希望はか細い。 もしこの希望さえ潰えたのなら、その時こそトリステイン軍はラ・ロシェールと共に壊滅するしかない。しかし、もしこの希望が縋るに相応しい代物であったのならば、二千の兵を奮い立たせる何よりの要因となる。 (……内から沸き上る衝動すら口に出せないとは。全く難儀な道を選んだものだ) 手綱が湿るほど汗をかいていた掌を裾で拭う様など、アンリエッタですら見ていない。 ――やがて、時間にしておよそ十分強。アルビオン艦隊の周囲を飛行していた竜騎士隊二十騎全てが全滅する。 竜騎士が一騎撃墜される度に大音声の歓声を上げていたトリステイン軍は、今しがた竜騎士隊を全滅させた竜がラ・ロシェールに向かって飛んでくるのを見ていた。 竜が近付いてくればくるほど、唸り声のような音は大きく響いて聞こえてくる。 つい先程までアルビオンの竜騎士隊と戦っていた竜が何故こちらに近付いてくるのか、理由を計りかねるトリステイン軍は一様に竜を見上げる以外に対処の仕様がなかった。 接近するにつれて少しずつ高度を落としていた竜は、自分を見上げている四千の眼の上を誰も見たことのない猛スピードで通り過ぎたかと思うと、街に聳える巨大な樹を回り込む軌道で戻ってきた。 竜は再び艦隊へ向かう進路を取りつつ、トリステイン軍の頭上を悠々と渡っていく。 そして竜がアンリエッタ達の頭上を飛び越えていったその時、竜から何者が飛び出した。 反射的に銃や杖が向けられるが、しかし今の今まで竜騎士隊と交戦していた竜から現れた人影へ問答無用に攻撃を仕掛ける者は居ない。 トリステイン軍の前方、アンリエッタの付近へ向けて落ちてくる最中にフライの魔法を唱えた影は、マントを風にはためかせながら声も限りに叫びを上げた。 「アンリエッタ!」 風に乗せられて届いた声に、アンリエッタの目がこれ以上はないほど開かれた。 「ウェールズ様!? ウェールズ様なのですか!?」 王女の口が紡いだ名は、呼ばれるはずのない名前だった。 トリステインの王女が様を付けて呼ぶ「ウェールズ」はレコン・キスタとの戦いで華々しい戦死を遂げ、既にこの世の者ではないと言う事になっているからだ。 返事をする間も惜しいとばかりに、ウェールズは一直線にアンリエッタの側へと降り立った。 突然の事に周囲のメイジ達が一斉に杖を向けるが、マザリーニは彼をアルビオン王国皇太子であるとすぐさま判別をつけた。 「各々方待たれよ! この方はアルビオン王国が皇太子、ウェールズ・テューダー様なるぞ! 今すぐその杖を下ろされい!」 その声に杖は幾許かの躊躇いの後で下ろされるが、アンリエッタとウェールズは杖の行方など最初から一瞥もくれていなかった。 アンリエッタはこれまで辛うじて続けてきた王女としての振る舞いを今ばかりは完全に忘れ、ただの恋する少女に戻ってしまっていた。 「ああ、ウェールズ様! この様な時に来て下さるだなんて……!」 それでも人目も憚らず抱擁を求めてしまうほど自分を見失ってはいなかったが、右手までは気持ちを抑えることも出来ず、ウェールズを求めるように伸ばされていた。 ウェールズは恋人に向けて差し出された手を、王子としての手で取ると、自然な動作で甲に唇を落とした。 「話は後だ、アンリエッタ・ド・トリステイン。僕はアルビオン王国の生き残りとしてトリステインへの援軍に来ているんだ。もうすぐ艦隊からの砲撃が始まる、すぐに部隊を集めて――」 ウェールズの言葉が終わるのを待つこともなく、竜騎士隊を全滅させられた艦隊は多少の被害に構わず、当初の予定通りラ・ロシェールへの艦砲射撃を開始した。 何百発もの砲弾が空から轟音を伴って降り注ぎ、岩や馬は言うに及ばず、兵士達を吹き飛ばす。これまで目の当たりにした奇跡で高揚した士気を持ってしても、兵達の動揺を留めることはできなかった。 「きゃあ!」 思わず目を固く閉じて身を竦めたアンリエッタを庇うように立ったウェールズは杖を一振りし、風の障壁を周囲に張り巡らせる。 「マザリーニ枢機卿!」 「承知しております!」 王女から少女に戻ったアンリエッタをウェールズに任せ、マザリーニは素早く周囲の将軍達と即席の軍議を終えた。マザリーニの号令に合わせ、メイジ達は一斉に杖を掲げて岩山の隙間を塞ぐ形で風の障壁が張り巡らされる。 砲弾は障壁に阻まれてあらぬ方向へ飛ばされるか空中で砕け散ったが、それでも全てを防げる訳ではない。障壁の隙間を潜り抜けて砲弾が着弾する度に土煙と血飛沫が撒き散らされた。 「この砲撃が終わり次第、敵の突撃が開始されるでしょう。それに立ち向かう準備を整えねばなりませぬ」 「勝ち目は……あるのですか?」 怯えを隠せなくなってきたアンリエッタの声に、マザリーニは心の中で首を振った。 勇気を振り絞って出撃したものの、彼我の戦力差は比するまでもない。砲撃は兵の命だけでなく人の勇気を打ち砕き続けている。 しかし、今でこそただの少女に戻ってはいるが、昨日の会議室で威厳ある王女としての振る舞いを見せてくれたアンリエッタに現実を突きつける気にはなれなかった。 五分五分だ、と精一杯のおためごかしを言おうとしたその時、ウェールズの静かな声がアンリエッタに投げられた。 「――ある。十分だ」 ウェールズはアンリエッタではなく、艦隊を遠巻きに旋回しているゼロ戦を見上げながら呟いていた。 「砲撃が終われば、その時が反撃開始の時間だ。それまで、持ち堪える」 着弾の度に揺るぐ地面の感触を感じつつ、愛する少女を守る為に青年は杖を掲げた。 * 竜騎士隊を全滅させた後、ジョセフは本来の目的であるウェールズの送迎を済ませた。 ラ・ロシェールに進行する艦隊をゼロ戦一機で殲滅できるとは思っていない。竜騎士の七面鳥撃ちは出来るにしても、爆弾の一つも搭載していない戦闘機が戦艦に立ち向かおうとするのは無謀としか言い様がない。 「救いは二十ミリを結構温存出来たっつーことだが……それにしたってハンデデカいぞ」 二千メイルの上空を維持したまま、艦隊の射程外を遠巻きに旋回する。闇雲に攻められるのは竜騎士に対してのように、圧倒的な戦力差があってこそである。 今はジョセフが圧倒的に攻められる番のはずだが、艦隊はこちらにさして構う様子すら見せずトリステイン軍に艦砲射撃を開始していた。何門かの砲門がこちらに向いているが、あくまで無闇な接近を阻む威嚇射撃らしき散発的な砲撃である。 それだけ戦力差が絶望的に開いている、という証左であった。 「相棒、それはいいんだがガソリンは足りるのかね。日蝕までもうすぐだが、今のでかなり吹かしたんじゃねえのか? 俺っち怒んないから正直に言ってみな」 「しょーじき、厳しい」 燃料を満載にしていれば三千kmは優に飛行できるゼロ戦だが、日蝕に飛び込むまでどれだけ上昇するのかはコルベールすら把握していない。無事に元の世界へ帰還できたとしても、どこに出るか判らない以上、ある程度は燃料に余裕を持たせねばならなかった。 「あいつらの弱点は見えとる。空の上から攻め込む戦艦は、砲を真上に向けるようには作っちゃおらん。撃てたとしても自分で撃った砲弾を頭に食らう覚悟はないだろうがなッ」 一番手堅いのは、敵艦の頭上を取って急降下掃射を浴びせ反転急上昇、再び急降下掃射、という手を取る事であるが、そんな機動を繰り返せば燃料も弾薬もすぐ尽きる。 しかしジョセフは躊躇わない。 「ここで引いたら男がすたるッてな!」 口の端をにやりと吊り上げ、機体を急上昇させていく。 雲を突き抜けた先で双月に隠れようとしている太陽を横目で見た後、そのまま間髪入れず宙返りして艦隊へと急降下していく。 「行くぞッ!!」 艦隊の中央に陣取る、周囲の戦艦と比べても一際大きなレキシントン号。 遥か眼下、照準器に刻まれた十字にレキシントン号を捕らえると、ハーミットパープルではなくガントリガーを力の限り引いて両翼の機関砲に火を噴かせる。 「これでも食らえッッ!!」 出し惜しみすることをやめた二十ミリ砲弾と七.七ミリ銃弾が空を引き裂き、レキシントン号へと吸い込まれていく。 元からの火力に急降下の速度と重力、そしてガンダールヴの能力の助けを受けた砲弾は一発一発が必殺の威力を手に入れている。直撃を受けたレキシントン号のメインマストは中程から折れ下がり、甲板を貫いた弾丸は直撃を受けた不幸な水兵を物言わぬミンチに変えた。 だが、そこまでだった。 「……チッ、ビクともしとらんな」 アルビオン艦隊の射程から逃れるべく四千メイルの上空で再び急上昇を掛けながら、なおもふてぶてしく空に聳えるレキシントン号を睨み付けて舌打ちをする。 渾身の斉射は少なからずの被害を与えていたが、レキシントン号ほどの巨艦を大破轟沈させるにはどうしようもないくらいに役者不足だった。 60キロでなくとも30キロ爆弾があれば、木造のフネなどあっと言う間に炎上させられていただろうし、一機だけでなく複数の僚機がいれば多大な被害を与えられていたはずだ。 しかし今、ハルケギニアの空を飛ぶ戦闘機はジョセフのゼロ戦一機だけだった。 二十騎もの竜騎士を容易く屠れはしても、巨大戦艦群を相手取れる性能はない。 「弾切れになるまではブチ込んでやらにゃあなるまい……これ以上好き勝手させてたまるかッ!」 ジョセフ本人もこれ以上は徒労になるとは理解している。 しかしジョセフの気性に加え、「敵の手の届かない所から撃てる」というある意味気楽な立場は、もう一度攻撃を行う踏ん切りをつけるには十分だった。 「撃ち尽くしたら逃げるッ!」 力強い宣言をした後、二度目の宙返りからの急降下斉射にかかる。 再び機首と両翼から撃ち続けられる弾丸がレキシントン号とは別の艦船に叩き込まれる。 しかし結果はレキシントン号と似たり寄ったりの結果でしかなかった。 メインマストを破壊し、ひとまずの被害を与えたもののせいぜいが小破止まり。 「相棒、これ以上は無理だ。逃げな」 戦況を冷静に把握しているデルフリンガーが呟く言葉に、ジョセフはまた舌打ちして操縦桿を握り直す。 「チ、これが限界じゃな。ところでお前はどうするんじゃ」 「ここから放り投げるなり連れてくなり好きにしてくれよ。でも六千年も見てきた世界より、相棒の来た世界とやらを見てみたい気もするな。良かったら連れてってくれるかい」 「了解了解、じゃあ行くとするか……」 そう言いながらペダルを踏み込み、スロットルレバーを動かす。 「……む?」 「どうしたよ相棒」 デルフリンガーに返事する前に、再びハーミットパープルを這わせる。 茨から伝わってきた情報に、ジョセフの全身から汗が噴き出した。 「……まずいな、エンジンが焼け付いてきとる」 「なんだって? 今の今まで普通に飛んでたじゃねーか」 「この前試験飛行しただろ。本当は一回飛ぶ度にエンジンバラして全部の部品を調整せにゃならんのだが、そんな時間もないし大丈夫だろうと思ってたんだが……固定化の魔法ってそんなに信用できんかったんじゃなあ」 「じゃなあ、じゃねえよ! 固定化は物の劣化を防ぐだけで損傷まではカバーしねえんだよ!」 「だったら最初から言ってくれよ! つい調子乗って試験飛行やっちゃったじゃないか!」 「うるせえ! いい年して調子こくから本番で困るんだろが!」 不毛な言い争いをしながら、ひとまず滑空状態のまま空域から離れる。 現状、まだ飛行は維持できるが急上昇急降下急旋回などの機動をすれば、場合によっては更なるエンジントラブルを引き起こし、最悪の場合は空中でエンジンが破壊される可能性も有り得るという見立てだった。 「ふぅーむ。こいつぁ参ったな……掻い摘んで言うと、帰れんくなったっつーこった」 「気楽に言ってんじゃねえよ! しゃあねえ、じゃあどっかに着陸して……」 「いや、このままあいつらをほったらかすとろくなことにゃならん」 「おいおい、もう何も出来ないだろ。これ以上何かするってったら……」 そこまで言って、デルフリンガーはある可能性に行き当たった。 まさかとは思ったが、そんな常識が通用しないのが今の相棒である。 「このゼロ戦のパイロットには伝統的な戦法があってな」 「おい。ちょっと待て。もしかして、この飛行機をあのデカブツにぶつけようとか、そんな無謀なことを考えてるわけじゃないよな?」 「よくわかったな」 「……無茶苦茶だ、幾ら何でもそりゃねえよ」 六千年、使い手含めて様々な人間に握られてきたが、こんな無謀な手を考え付き、あまつさえ実行に移そうとする人間は見たことがなかった。 「なぁに、わしは手近なフネに飛び移ってハイジャックするつもりじゃ。死にはせん」 「おい、考え直そうぜ。それはあんまりにもあんまりだ」 言葉だけ見ればジョセフの翻意を促しているが、その言葉の響きはいかにも楽しげであった。 「まぁ、相棒がどーしてもって言うなら付き合ってやらんでもないがな!」 「よし来た! んじゃちょっくら行くとするかッ!」 艦隊の射程外を飛んでいたゼロ戦を上昇させ始め―― 『待ちなさい! そんな勝手なこと、主人の許しもなしにやらせないわ!』 不意に聞こえたルイズの声に、思わず上昇を抑えた。 「ルイズ!? ルイズなのかッ!?」 To Be Contined → 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2459.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 窓から日の光が康一の寝顔を照らす。まぶしくて、康一はもぞもぞと起き出した。 ベッドに目をやると、毛布に包まった塊のようなものが寝息を立てている。 「そっか・・・ぼく、あのまま気絶しちゃってたんだ・・・」 毛布が膝元にずり落ちている。気絶していたぼくに一応毛布だけはかけてくれたらしい。 立ち上がり、うーん・・・と背伸びをする。堅い床で寝ていたので体の節々が痛い。 ここで康一は自分がまだパンツ一枚であることに気がついて、あわてて投げ散らかしてある服を着込んだ。 今日から使い魔としての生活が始まるらしい。 正直現実味がない。これが魔法の国だなんて、今でも夢だったような気がする。 しかし、実際には自分は知らない天井を見上げて目覚め、毛布からはご主人様(ということらしい、ぼくは認めたくないけど!!)の白くて小さな足が覗いている。 康一はこのご主人様(仮)を起こそうかと思ったが、先に今自分がいる場所を見て廻ることにした。 『魔法の国』というやつに康一は少年らしい興味を覚えていたし、なによりあの恥ずかしい大騒ぎの後、すぐに顔を合わせるのはなんだか気まずいからだ。 康一は音を立てないようにこっそりと扉を開け、部屋の外へと抜け出した。 康一は建物の外に出ると大きく深呼吸をした。 康一は朝の冷たい空気が好きだ。草の葉の露に朝日が当たってきらきらと輝くのも好きだし、まだ人気が少なくてシーンと静まりかえっているところも嫌いではない。 ただ、それが見知らぬ場所で自分が余所者だと、なんだか入ってはいけない場所に立ち入っているような気分になる。 康一はとりあえず顔を洗うために水場を探すことにした。 しかし昨日も思ったが、こうして歩いていると明らかに自分達の時代とは文化や文明が違う。まるで話に聞く中世ヨーロッパの建物のようだ。あちらこちらに康一には用途の分からないものが設置してある。 時々何かの文字が書かれていたりもするのだが、康一には読むことができなかった。 と、ここで康一は、はっと気づいた。 「ぼくって今まで何語をしゃべっていたんだ?」 日本語だけでなく、露伴先生のおかげでイタリア語の読み書きもばっちり、それに英語もほんのちょっぴりなら分かるが、思い返してみるとあの人たちが喋っていたのは聞いたこともない言語だった気がする。 「でも、会話は通じるんだよなぁー。どうしてだろ。」 露伴先生にイタリア語を扱えるようにしてもらったときと似た違和感がある。なぜか言葉の意味が分かり、なぜか言いたいことがイタリア語になるのである。(まぁ、ここの言葉は話ができるだけで読み書きはできないみたいだけど・・・) そんなことを考えながら水場を探してうろうろしていると、渡り廊下の奥から籠をもった黒髪の女の子がやってくるのが見えた。白と黒を基調としたエプロンドレスである。 「(うわー、メイド服だよー!)」 当然だが康一はメイド服を見るのは初めてである。というよりメイドさんという存在は、現代日本ではほとんどいなかった。 「あのー、すいませーん。」 康一が声をかけると、向こうもこちらのことに気づいていたのだろう。足を止めて微笑んでくる。 カチューシャでまとめた黒髪とそばかすがかわいらしい。 「はい、何か御用でしょうか。」 「いや、ご用といったほどのことじゃないんですけど、顔を洗いたくてですね。水場を探しているんですよ。」康一は頭を掻きながら説明した。 「かしこまりました。それではご案内いたしますね。」 こちらです。とメイドさんが案内してくれる。 歩いていると、あの・・・。とメイドさんが話しかけてきた。 「ひょっとして、ミス・ヴァリエールが召還されたという使い魔の方ですか?」 「え、ぼくのことを知ってるんですか!?」 「はい、平民が使い魔になるなんて初めてのことですから。噂になってますわ。」 少女は変わった服装だから遠くからでも一目でわかりました。と笑った。 「そっかー。ぼくは広瀬康一です。よろしく。」 「わたしはシエスタです。何か困ったことがあったら言ってくださいね?」 シエスタ!康一は昨日までいたイタリアでは、シエスタはお昼寝という意味だったということを思い出し、この少女がお昼寝しているところを想像してふふっと笑った。 その様子を見てシエスタが首を傾げる。 「? 何か?」 康一はごまかすようにあわてて手を振った。 「い、いえ。なんでも!いい名前ですね!」 水場はそこから歩いてすぐのところにあった。 康一は綺麗で冷たい水で顔と髪を簡単に洗った。 「はぁー!さっぱりした!」 「ふふふ、それはよかったですわ。」 シエスタはここに洗濯にきたらしい。篭の中を覗くと結構な量の洗濯物が入っていた。 「手伝おうか?」 手持ち無沙汰な康一は聞いてみた。 「お気持ちはうれしいですが、お仕事ですから・・・それよりも、ミス・ヴァリエールの元へ帰らなくてもいいんですか?」 シエスタは康一に尋ねた。 「うーん、戻ってルイズさんと顔を合わせるのがなぁ・・・」 康一は首をひねった。 「喧嘩でもなさったんですか?」 「まぁ、そんなところ。」 「だめですよ。貴族の人に逆らったら、大変なことになっちゃうんですから。」 シエスタは忠告してくれた。 「『貴族』・・・かぁ・・・。ねえシエスタ。貴族って怖い?」 康一が尋ねると、シエスタは洗い物の手をぴたりととめた。 「そうですね・・・ここだけの話、正直怖いです。私たち平民は貴族のきまぐれでどうでも好き勝手にされちゃいますもの・・・。康一さんは貴族が怖くないんですか?」 えーっと・・・。康一は言いよどんだ。 「まぁ・・・ぼくが住んでたところには貴族がいなかったからさ。」 「やだ康一さんたら、わたしをからかってるんですね?そんなところあるわけないじゃないですか。」 シエスタはクスクスと笑った。 「でも・・・」 シエスタは空を仰いだ。 「そんな場所があったらいいなぁ。わたしもいってみたいなぁ・・・」 康一はなんと言えばいいのか分からなくなった。 シエスタはしんみりとした空気を吹き飛ばすように。 「な、なーんて。そんなことあるわけないですよね!いいんです!貴族様は魔法っていうすごい力が使えて、私達平民は敵いっこないんですから!生まれたときからそう決まってるんです!」 康一はこの世界の『貴族』と『平民』の関係を理解した。 この世界では魔法が使える貴族が絶対で、使えない平民は生まれた瞬間から奴隷同然なんだ。 きっとシエスタも今まで嫌な思いをたくさんしてきたのだろう。 ぼくも少し前までは何の力もないただのコゾーだった。でも今は他の人にはない『スタンド』がある。でも、貴族ではない。使い魔だから平民でもない。 「(ぼくは、ここではいったいなんなんだろうなァー・・・)」 そうして雑談をしているうちに、日は昇り、少しずつ人通りが多くなってきた。 シエスタの洗濯物も終わって、康一はルイズの部屋へ戻ることにした。 別れ際、シエスタに「がんばってくださいね!」と手を握ってもらったのもあるがなにより、 「いつまでも逃げてるわけにもいかないもんなぁー」 きっとなんとかなるさ! 康一はこれでなかなか前向きな性格だった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2471.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 康一は、学院の中庭で荒く息をついた。髪も服も、もみくちゃにされてボロボロである。 ちょうど厨房での熱烈すぎる歓迎から逃げてきたところなのだ。 「歓迎されるのはうれしいけど、引け目があるぶん素直に喜べないんだよなぁー」 褒められれば褒められるほどなんだか申し訳なくなってくる。 以前テスト中、はずみで他の人の答案が目に入ってしまったときの気分だ。 いい点数を取って先生や親に褒められたが、嬉しいというよりも後ろめたくなってしまうものだ。 康一はところで・・・と、あたりを見回した。 「ここ・・・どこだ?」 康一のまわりを塔が囲んでいる。 このトリステイン魔法学院は、中央の本島を囲むようにして、火や水などといった名前を冠する塔が立ち並んでいる。 どれもこれも似たような石組みの建物なので、まだここに来てまもない康一は自分がいるのがどこなのかわからなくなってしまった。 「ここは火の塔と風の塔の間にある中庭ですよ。」 康一が振り向くと、メガネをかけた女性がこちらに歩いてくるのが見えた。 妙齢の美女といっていい。緑色のストレートな髪が風になびく。 それにしてもこっちの人の髪の毛はカラフルだよなぁー。と康一は思った。 「えーっと、どなたです?」 「わたくしはオールド・オスマンの秘書をやっています。ロングビルです。あなたをお迎えにきました。」 ミス・ロングビルは「お目覚めになったと聞いたので。」と微笑んだ。 「オスマンさんがぼくに何か用なんですか?」 ひょっとして帰る方法が分かったのだろうか。 「詳しくは直接お話したい、とおおせつかっておりますの。ついてきて頂けますか?」 「いいですよ。」 康一は二つ返事で承諾した。 そもそも、部屋を追い出され、厨房から逃げてきた康一には、行くところがなかった。 「よかったですわ。それではこちらへ。」 ミス・ロングビルは康一を先導して歩き出した。 ミス・ロングビルはノックをしてから扉を開けた。 以前にも来た事がある。学院長室だ。 「失礼しまぁーす。」 ロングビルに続いて康一も中に入った。 康一の中では、学校の職員室に来るときのような感覚である。 「おお、よくきてくれたね。ミスタ・コーイチ!」 奥の大きな机の向こうに座って、書きものをしていたらしいオールド・オスマンが、相好を崩した。 「ギーシュ・ド・グラモンとの一戦。遠巻きながら見させてもらったよ。もう体は大丈夫なのかね?」 実はあのとき、決闘をとめようとした教師達をオスマンは制止し、遠見の水晶球でその様子をすべて見ていたのだ。 当然康一のことを観察するためである。 「お、お陰様で・・・。」 康一は冷や汗を流した。 最初にあったとき、スタンドを見せてはいけないと知らなかった康一は、堂々と目の前でACT3を出してしまっているのだ。 オスマンはロングビルに目配せをした。 ロングビルは一礼して学院長室から出て行く。 二人っきりになったオスマンは、康一に椅子をすすめた。 「まぁかけなさい。いろいろしなければならない話もあるしのぉ。」 薦められるまま、康一はソファーに腰掛けた。 その正面に座った気のいい老人は、第一声でこういった。 「きみの『スタンド』は『マジックアイテム』ではないんじゃのぉ。」 康一はぎくりとした。 火あぶり、という単語が意識を横切る。 「さ、さぁ。どうでしょうね。」 康一はとぼけてみた。 オスマンは目を細めた。 「あの時、『ディテクト・マジック』をかけた生徒は、君が『マジックアイテム』を持っていないといった。しかし、君は以前見たのとは別の、二体の『スタンド』を出した。」 まさか全部見られていた!? 康一は驚愕した。 死角を使い、一瞬の隙を使い。できるだけばれないようにしていたのに! 康一は黙り込んだ。 「わしは、このハルケギニアで人よりも少々長く生きてきた。そのせいか、どうも常識に捕らわれてしまうことがあるようじゃな。」 ほっほっほっほ、とオスマンは笑った。 「どうしたかね?なにやら緊張しているようじゃが・・・」 ひょっとしたら、今すぐ逃げたほうがいいのかもしれない。 今なら目の前に座っているのは老人一人。切り抜けることができるかもしれない。 康一は半分覚悟を決めた。 「・・・この世界では、『系統魔法』以外の異能の力は『先住』と呼ばれているそうですね。」 「ほう。よく知っておるのぉ。」 「・・・ぼくの力が『系統魔法』によるものでないとしたら、どうしますか?」 康一は部屋の窓を確認した。あそこを破って飛び出せないだろうか。 「この部屋の窓は、スクウェアクラスの『固定化』がかけられておる。体当たりしたくらいではやぶれやせんよ。」 康一は身を硬くした。 心を読まれた!?そういう魔法でもあるのだろうか。 オスマンは顔の前で手を組んだ。 「君はどうやら誤解をしているようじゃの。わしが君を『先住』の使い手として王宮に突き出すと思っているのかね。」 康一は何も言えずに押し黙った。 「少しこの老人の話を聞いてもらえるかの?」 オスマンはソファーにもたれかかった。 「我々メイジが『系統魔法』を扱うことで、特別な地位を築いていることは知っておるね?平民やちょっとした魔物など、訓練されたメイジが一人いれば簡単に蹴散らせてしまう。」 「しかし、例外もある。それがエルフじゃ。エルフは始祖ブリミルの時代より聖地をめぐり、戦ってきた相手。そして、我々メイジは、『先住魔法』を使うエルフ達についぞ勝った事がないのじゃよ。」 「だから我々は『先住魔法』を極端に恐れるのじゃ。自分達が知らない力は、『先住』として恐れ、狩り立てる。」 じゃが・・・。オスマンは続けた。 「本来『先住魔法』とは自然界に宿る精霊の力を借りて力を行使するものじゃ。じゃから、別名を『精霊魔法』とも呼ばれておる。」 「ひるがえって君を見るに、君が見せてくれた3体の『スタンド』は、自然界の精霊とは明らかに異なっておる。わしも長く生きるが、そんなものは見たことがないのじゃよ。」 「じゃから興味が沸く。どうじゃね。『スタンド』とはなんなのか、わしに教えてはもらえんじゃろうか。」 話せる所まで構わんぞ?とオスマンはウィンクした。 康一は観念した。 「・・・『スタンド』は、『生命エネルギーが作り出す、パワーあるヴィジョン』と言われています。ぼくは、自分の『分身』って言ったほうがしっくりくるんですけど・・・」 「『分身』かね。」 「ええ、『スタンド』は『スタンド使い』の魂の形や強い思いを反映すると言われてます。ですから、一人一人形状も能力も違うんです。」 「君が『ACT3』と呼んでいたものは、『ものを重くする能力』というわけじゃな?」 「ええ。まぁそういうことです・・・。」 オスマンはこの康一の告白に驚くと同時に少し興奮していた。 「(この歳になってまだ知らぬことがあるとは、この世界も捨てたものではないわい!)」 しかしそれを表情には出さない。 「しかし・・・その『スタンド』とやらはどうやったら手に入るものなのかね?」 「いろいろです。生まれつきもっている人もいますし。ぼくは『矢』に貫かれて『スタンド使い』になりました。」 「『矢』・・・とは、あの弓で飛ばす矢のことかね?」 「はい。ある特殊な矢で刺されると、『スタンド使い』になる可能性があります。」 「可能性・・・ということは、なれないこともあると。」 「はい。相性のようなものがあるようです。」 「『矢』か・・・」 オスマンは何かを考えるようにして顎鬚を撫で付けた。 「何か心当たりでもあるのですか?」 「いや・・・恐らく君がいっているものとは違うじゃろう。じゃが、宝物庫に『弓と矢』がしまってあるのを思い出したのじゃよ。」 「そうですか・・・」 「(まぁここに『あの弓と矢』があるわけがないよなぁー。)」 黙り込んでしまったオスマンに、この際なので康一は疑問をぶつけることにした。 「あの・・・実はぼく、すごく不思議に思うことがあってですね・・・」 「ん?なんじゃね。いってみなさい。」 「本来は、基本的に『スタンド』は『スタンド使い』にしか見えないんです。」 「なん・・・じゃと・・・?」 オスマンは目を見開いた。 「でも、こちらの人はみんな『スタンド』が見えるみたいで・・・。だから最初、みんな『スタンド使い』だと思ったんです。」 「ふーむ・・・」 オスマンは腕組みをした。目を瞑って何かを考えているようだ。 「あのー・・・」 康一は不安になって尋ねた。 「ぼくはこれからどうなるんでしょうか。」 オスマンは目を開けた。 「君さえよければ、ミス・ヴァリエールの使い魔を続けてくれるとうれしいんじゃがの。」 「よかったぁー!」 康一は胸をなでおろした。どうやら大事にはならなさそうだ。 「驚かせてすまなかったの。もう帰ってもいいぞい。」 「あ、はい。それじゃ、ぼくそろそろルイズの部屋に帰りますね。」 康一は立ち上がった。 扉に向かう康一にオスマンは「君の『スタンド』じゃが・・・」と声をかけた。 「はい?」康一が振り向く。 「メイジではない、平民に見せたことはあるかね?」 「? えーっと・・・そういえば、ない・・・のかな・・・?」 「今度ためしに見せてみてはどうかね?ひょっとして何かわかるかもしれん。」 「はぁ・・・わかりました。」 康一は首を傾げながらも頷いた。 康一が出て行った後、オールド・オスマンは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。 ぱらぱらとページをめくり、とある章で目を留める。 「・・・『ガンダールヴ』・・・か・・・」 その本を机の上に置く。 開かれたページには様々な紋章のようなものが並べられている。 そのうちの一つ。『始祖の使い魔』という項目に描かれていたのは、康一の左手に使い魔の印として刻まれているルーンだった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2479.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 この場にいる全員が驚いたのは間違いない。 しかし一番驚いたのはピカピカ光っている当人である。 「うわぁ!」思わずデルフリンガーを投げ出す。 途端光が消える。 「こら!もっと丁寧に扱え!」 床に落とされたデルフリンガーが文句を言う。 「ご、ごめん。」 康一がデルフリンガーを再び握ると、やはり手が光を放つ。 「あ、あんた。なんで光ってるの?」 ルイズが恐る恐る尋ねた。 「知らないよ!この印、ルイズがつけたんじゃないかぁ!」 「ダーリン。体はなんともないの?」 「うーん、なんともない・・・かな?」 キュルケは気遣ってくれるが、なんともないどころか体に力がみなぎる気がする。 ほかの剣を握ってもやはり光るようだ。 「へ、へぇ?最近の従者さんは光るんでございますねぇ。綺麗なことで・・・」 わけのわからない店主が無意味なお追従を言う。 タバサがぼそりと言う。 「あなたはたぶん特別。人間が使い魔になれたのも、あなたの『能力』もそう。」 じっと康一の目を見つめる。 「あなたは、誰?」 「誰?と言われても困るんだけど・・・。」 ぽりぽりと頬をかいた。 「そういやこいつは『使い手』って言ってたなぁ。」 康一は剣に聞いてみることにした。 「ねぇ。『使い手』って言ってたけど、君はぼくのこと知ってるわけ?」 「しらねぇ。でもおめーが『使い手』ってことはわかる。俺は『使い手』に使われるためにいるからな。」 店主が口を挟んだ。 「そいつの名前はデルフリンガーでさ。頑丈ではありますが、錆びは浮いてるし、口は悪いしで買い手がつかなかったんで。まったく、剣にしゃべらせるなんて誰が始めたんでしょうかねぇ。」 しかし康一は面白いと思った。どうせ剣として使う気もないんだから、しゃべり相手になればいいや。 それにこの良く分からないルーンについて、この剣は何かを知っていそうだ。 「じゃあ、ぼくはこれを買うよ。」 「おっ!分かってるなぁ!これからよろしくな相棒!」 デルフリンガーが嬉しそうにはしゃぐ。 しかしルイズは渋い顔をした。 「そんな錆ついたのより、もっと綺麗なのにしなさいよ。」 実際引き抜いて見ると、デルフリンガーはあちこちにがたが来ている様子で、正直見栄えはよくなかった。 しぶるルイズに、店主がこっそりと耳打ちをした。 「あの剣でしたら、新金貨で200・・・いや、100で結構でさ。もちろん鞘もお付けしますよ。」 とたんにルイズの態度がころりと変わった。 「しょ、しょうがないわね!コーイチがそんなに欲しがるんだったら、それでもいいわよ!」 あの2000エキューの剣をねだられて、ツェルプストーの前で恥をかくのに比べれはずっといい。 それじゃあ・・・。とキュルケが進み出た。 「あたしは、このシュペー卿の剣を買ってあげようかしら。」 「な!?」 ルイズは驚愕した。いくらツェルプストーとはいえ、2000エキューは大金のはずである。 しかし、キュルケはふふっ、と笑うと店主のいるカウンターに身を乗り出した。 大きな胸がたゆんと揺れる。 「ねぇ、ご主人?この剣を買って差し上げるわ。でも、もうちょっとお勉強していただけるとうれしいのだけど・・・」 主人はごくりと唾を飲み込んだ。 「そ、そうですねぇ。それでは、1800エキューってところでいかがでしょ。」 キュルケは店主から視線をはずさない。 「えーっと、それじゃあ1600エキューでは?」 「ねぇ、店主さん。あなたお名前は?」 「へ、へぇ。ゴドーといいますが・・・」 キュルケが人差し指で店主の頬をなでる。 「ねぇ、ゴドー。あたし、あなたはもっと出来る方だと思っていたのだけど・・・」 店主の背筋にぞくぞくとした快感が走った。 「は、はぁ。それじゃあ、なんとか1200までがんばらせてもらいます。」 「ミスタ・ゴドー・・・。ちょっと暑くなってきたと思わない?」 キュルケがブラウスのボタンをひとつはずした。 胸の谷間がさらに奥まで見えそうだ。店主は鼻の下を伸ばした。 「わ、わかりました。赤字覚悟で800までがんばります。」 次のボタンをいじりながらキュルケが店主を見つめている。ああっ!お胸のお目目が見えそで見えない!! 「400!400で!」 「ごめんなさい。あたし、新金貨しか持ち合わせがないのだけれど・・・」 さらに前傾になる。最後のボタンがはち切れそうだ。 「し、しししし新金貨で結構でございますぅー!!」 キュルケがにこりと笑った。 「あら、そう。ありがとね♪」 途端にするするとボタンを元に戻し、金をドンと置いた。 「いい取引ができたわ。また機会があればよろしくね。ダーリン。それじゃいきましょ?」 あっけにとられる店主を残し、シュペー卿の剣と康一を持って店を出て行ってしまう。 タバサはだまってそれについていく。 ルイズはまだぽかん、としていた。 生き馬の目を抜くどころの話ではない。強引に色仕掛けで毟り取っていったのだ! 「な、なんて女・・・!」 ルイズは店主(ゴドー)と顔を見合わせた。 ルイズが金を支払い、あわてて外に飛び出すと、三人がルイズを待っていた。 キュルケがひらひらと手を振る。 「ルイズ。遅かったわね。どうかしたの?」 「どうかした、じゃないわよ!何よさっきの!色仕掛けだなんて何考えてるのよ!!」 「安く買えたんだからいいじゃない。」 「恥ずかしくないのかっていってんのよ!」 キュルケは髪をかきあげた。 「そんな小さなことばっかり言ってると、いつまでも胸が大きくならないわよ?」 「な、なんですってぇー!?」 ルイズは手で胸を隠すようにしている。わたしだって・・・わたしだってそのうち大きくなるんだから! 「そんなことより、あなたが買った剣。あれでいいわけ?」 「何がよ。」 「あなた、杖を買いにきたんでしょう?あんな杖の代わりにならない剣を買っちゃったりして・・・。」 「いいのよ。どうせ魔法なんて使えないんだから。」 康一が口の前に指を立てたジェスチャーをした。いっちゃだめだよぉー! 「あ・・・。」 「へぇぇぇぇぇ。それなのになんで杖を買ってあげようなんて思ったのかしらねぇー。」 してやったりとキュルケがにやついている。 ルイズはばつの悪そうな顔をした。 「まぁ、どうせこの間ダーリンが呼び出した『ゴーレム』のためなんでしょうけどね・・・」 「な、何でそんなこと分かるのよ!」 ルイズがあまりに動揺しているので、キュルケはおかしくなった。 「だってあなたたち、分かり易すぎるんですもの!」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/728.html
結局爆発がルイズの魔法の失敗による物とわかり、マリコルヌが呼んで来た先生達は ルイズに罰として教室の片づけを命じた。 当然の如くルイズは、平民であり使い魔の育郎におしつけようとしたのだが、 「怪我は無いみたいだけど、念のため休んでいた方が良い」 と先に言われてしまい、やることもなく育郎を眺めているのであった。 変な奴… なんで文句一つ言わないのよ? 魔法を失敗して教室をこんな風にしたのは自分なのに… 押し付ける気だったのに、ついそんなことを考えてしまう。 「ねえ、あんた…何か言う事は無い?」 「?」 声をかけられた育郎が、手を止めてルイズの方を向く。 「ほら、あれよ…その…私の魔法…」 「ああ、誰だって失敗ぐらいあるさ」 一瞬わかってて言っているのかと、頭に血が上りかけるが、この従順な使い魔が そんな事を考えるわけは無いと思い直す。 「…私がなんで『ゼロのルイズ』なんて呼ばれてると思う? 魔法の成功率ゼロだからよ…みんな私を馬鹿にしてる…」 二つ名を自分で口に出すと、いつもより惨めな気分になってきた。 「魔法…つかえたじゃないか?僕を呼び出せた」 「……あんたなんか唯の平民じゃない…失敗よ、失敗! 成功したと思ったのに、なんで…なんであんたなんか…」 勝手に呼び出しておいて、あんまりといえばあんまりだが、うつむいて悔しさに 震えるルイズを見ると、育郎は彼女が不憫に思えてならなかった。 「確か…使い魔の一番の役目は主を守る事だったね」 「…それがどうかしたの?」 「見てて」 爆発で砕けた石のかけらを手にもち、 「………ウソ!?」 育郎が手に力こめた次の瞬間、石が粉々になっていた。 「どうかな?」 口をぽかんと開けて育郎の手を見つめていたルイズが、慌てて平静を装う。 「ま、ま、まあまあじゃない…す、少しは評価してあげてもいいわね」 「ありがとう」 「ちょ、調子にのらないでよね、ただ馬鹿力なだけじゃない!使い魔ってのは」 「ルイズ」 「こ、今度は何?」 「そろそろお昼ご飯じゃないか?」 育郎が時計を指差すと確かにもう昼食の時間だった。 「後はやっておくから、先に行っておいで」 『ゼロのルイズ』か… 一人掃除をしながら育郎は考えた。 魔法がつかえない魔法使い。 ルイズは『貴族』である自分を『誇り』に思っている。 しかし貴族の証明たる魔法が扱えないのだ。 『誇り』を持つが故に、魔法が使えないと言う事実が彼女を傷つける 自分が彼女になにかしてやれる事はないのだろうか? 「ん?」 ふと視線を感じたので思考を中断し、そちらの方を向く。 「あれは…キュルケさんの使い魔だったか…どうかしたのかい?」 近づこうとすると、どこかに走り去ってしまった。 「なにやってんのよ。掃除は終ったの?」 振り返るとルイズが教室に入ってきて、こちらを見ている。 「ああ、ルイズか。今そこにキュルケさんの使い魔がね」 「キュルケの~?」 露骨に嫌そうな顔をするルイズ。 「掃除ならもうすぐ終るけど」 「まったく、グズなんだから…ホラ」 そう言って何かが入った包みを育郎に渡す。 「これは?」 「アンタの昼食よ、もう昼からの授業も始まるから食堂に行く時間もないでしょ? ご主人様がわざわざ持ってきてあげたんだからありがたく思いなさいよ」 包みの中を見るとサンドイッチが入っている。 「…ありがとう、ルイズ」 「使い魔の面倒を見るのはメイジの役目なの!か、勘違いしないでよね!」 その夜、トイレから部屋に戻ろうとすると、部屋の前にサラマンダーが居た。 こちらに気付くと、きゅるきゅると鳴きながら近づき、育郎のズボンをくわえる 「な、なんだい?」 等といっても答えるわけもなく、そのままグイグイとズボンを引っ張る。 「ふふ、準備完了ね…」 部屋の明かりを消して、キュルケは一人ほくそえんだ。 あのルイズの使い魔… す ご く い い ! 今日の出来事から、自分の使い魔を使って育郎を観察していたキュルケは さっそく育郎を自分の新しい恋人にすることを決め、使い魔のサラマンダー、 フレイムに育郎を連れてくるよう命じたのであった。 顔も良いし、優しいし、なによりもあのルイズの使い魔ってのが最高ね! 家同士の因縁で、ルイズとの仲は最悪といって良い。 そのルイズから使い魔を奪い取ると考えただけで笑いがこみ上げてくる。 ほえ面をかくルイズを想像していると、部屋のドアが開き、誰かが入ってくる。 きたわね… 当初の予定道り、少しずつ蝋燭をともしてゆき、ムードをだす。 闇の中、淡い光にともされて、足がグンバツ、胸が何想像してんのさ!な美女が 下着姿で現れるのである。大抵の男はこれだけでやられてしまう。 「ようこそ、こちらにいらっしゃ…ってあれ?」 「なにやってのんのよ、キュルケ!」 しかして暗闇から現れたのは、育郎ではなくルイズだった。 「ちょっと、なんであんたがいるのよ?あんたの使い魔はどうしたの」 「あいつが何時までたっても帰ってこないから、もしやと思えば… やっぱりあんた、私の使い魔をたぶらかそうとしてたのね!」 「あら、恋愛は自由よ…悔しいならあなた自身の魅力で繋ぎ止めればいいのよ ま、その胸じゃ無理だろうけど」 「なんですってぇぇぇぇぇ!」 一触即発の空気が流れる中、育郎は 「すいません、こんな時間に。えっと…」 「あ、シエスタって言います。 お気遣いなさらなくても結構ですよ、使い魔に食事を出す事も私達のお仕事ですし」 きゅるきゅる 出された肉を美味しそうに食べるサラマンダーを見て、育郎は微笑んだ。 「やっぱりお腹がすいてたんだな…」 そんな育郎の横顔を見ていると、シエスタは (この人、よく見ると結構格好いいかも) なんて事を思ってしまい、少し頬が赤くなってきた。 「何か、僕の顔についてますか?」 「い、いえ!あの…イクローさんもどうですか?余り物ですけど ミス・ヴァリエールから申し付けられた量では足りないでしょうし」 「…いいんですか?」 「ええ、平民同士は助け合わないと!」 「それではお言葉に甘えさせてもらいます。本当にすいません」 フラフラ ア、アシガモツレテ 大丈夫ですか!? ゴロニャン なんだかんだでいい思いをしていた。 ルイズ・キュルケと壮絶なダブルKO キュルケ・同上 ぺリッソン・キュルケとルイズの争いに巻き込まれてリタイヤ スティックス・同上 マニカン・同上 エイジャックス・同上 ギムリ・同上 マリコルヌ・使い魔と散歩をしていたら、上の5人が次々に降ってきてリタイヤ